目覚めたらそこは異世界でした。……だったらまだいい。ありえないほど完璧に別世界だったならさっさと諦めもついただろう。だけど私の場合、異世界ではなく(本当はそうかもしれないけど)ただ時代が違うだけ、らしい。ここは確かに地球で、見上げる夜空には月と、見慣れた星座があるし、聞き覚えのある国名も地図からいくつか見つけることが出来た。只完璧に私の元居た場所と違うのは、『ガンダム』という見慣れない兵器。




18. あなたの長いゆびがすき




つん、と髪を引っ張られる感触に意識を戻された。つい今まで深い思考に沈んでいたらしい私は、いつの間にか部屋に帰ってきていた彼の存在に気付かなかったらしい。彼、ロックオン・ストラトスはベッドの端に腰掛ける私の髪を同じベッドに腹ばいになった姿勢で飽きもせずにいじっている。引っ張ってみたり、指先でくるくると弄んだり。折角一人で考え事をしていたのにこれでは集中できない。
「なに?何か用?」
「いんや、別にこれといって用はない」
「なら其れやめて」
一度意識してしまうと気になってしょうがない。もっとも彼はそれを見越して私に触れてきているのかもしれないが。
「いいじゃねーの。減る訳じゃないし」
「髪触りたいなら自分のにしなよ」
の髪の方が綺麗だし、触り甲斐があるんだよ」
「何それ」
「まっすぐだし、色も真っ黒だ。綺麗だ」
「まっすぐならティエリアの方がそうでしょ。それに黒髪っていうなら刹那だって」
言いかけた私は強く引かれてそのまま後ろに倒れ、見上げるとロックオンの顔が私を覗きこんでいた。
「何、この状況」
「さあ。何でしょうねえ?」
「ロックオン、明日も早いんでしょ。寝るならあっちのベッド使って」
スメラギさんの配慮だかなんだかで何故か二人部屋となってしまった私と彼。別に困る間柄ではない、ということはつまりそういう事なのだが。
は寝ないのか?」
「私はまだいいの」
「じゃあ俺も」
そう言って再びシーツの上に広がった私の髪で手遊びをする。私はため息を吐く。
「疲れてるんじゃないの?」
「体力あるからな。俺よりのがしんどいだろ」
「私は一日中ここで過ごしてるだけ。疲れることなんてなにもないわよ」
そう、私は何もしていない。ロックオンや刹那、ティエリアやアレルヤのようにガンダムに乗れる訳でもないし、かといってスメラギさん達のように戦略を練って指示を出しサポートすることもできない。なぜ私のような何もできない人間がここにいるのか。
「難しい顔してるぞ」
知らず険しい顔になっていたらしい、そんな私を苦笑と共に見下ろしてロックオンはゆっくりと唇を瞼に寄せてきた。反射で閉じてしまった私の瞼に少しだけかさついた彼の唇が触れる。冷えた唇が瞼の熱を奪っていく。そして彼の唇はそのまま反対側の瞼に、頬に、額に。次々と降り注ぐキスに私はされるがままだ。
「時々分からなくなるの」
ぽつり、と出た呟きに彼の動きが止まる。私は瞳を閉じたまま静かに続ける。
「何で私、ここにいるんだろうって。何もできないのに。足手纏いなだけなのに」
「そんなことない」
「ある。ティエリアに睨まれてるもの」
「あいつは誰に対してもそんな感じだ」
気にするな、と。そう言って再び瞼にキスを。
「ロックオンは私を甘やかしすぎる」
「そうかぁ?そんなつもりはないけどな」
会話の合間にも、キスの雨は降り止まない。それらが一つひとつ、私の肌に染み込むごとにささくれ立った私の心は凪いでゆく。何も出来ない、そのどうしようもない虚脱感に苛まれている私の空しい日々に唯一彩を添えるのが彼の存在。
「何も出来ないなんてことないさ。 はここにいるだけで充分だ」
その言葉に私は閉ざされた視界のまま彼の右手を探す。彷徨う私の左手。その意図に気付いたロックオンは優しく私の手を取ってくれる。
「大きな手」
「小さい手だな」
同時に出た囁き声に口元が緩む。上から降ってくる彼の気配も笑っていた。私の左手、それを丸ごと包む彼の長い指。私の、大好きな。世界を変える、その為に引き金を引くその指。

囁かれる吐息が、湿った空気を私の中に吹き込む。
「甘やかされてろよ、俺がいる間は」
「……や、だよ」
「駄目だ」
「ダメ出しとか、有り得ない」
多分、ロックオンに見捨てられたら私は此処で生きていられないだろう。そのことを恐らく彼も分かっている。だからさりげなく居場所を作ってくれる。作るだけで、怖がりな私が思い切って踏み込めないでいるのをずっと待っていてくれる。
「もう、寝なきゃ」
「いまさら」
逃げるように惑う私の指先を、彼の其れが追いかけて。そして朝まで離さなかった。


完成日
2007/11/10