だって第一印象は大事でしょう?



最初の一歩は自己紹介



七月半ばを過ぎたある日、ちょっと普通よりだだっ広くて、ちょっと普通とは違うような珍しい置物とか(例えば話しかけると返事をくれる鎧や日がな一日中文句垂れてる肖像画とか)がそこら中にごろごろしていて、ちょっと普通より陰気な空気が漂っている屋敷の一部屋で、真剣に悩んでいる少女が居た。
燦々と日光が照りかえっている屋外とは違い、部屋の主がインドア派な為か、レースのカーテンによってかなり薄暗くなっている室内で、長い黒髪を時折かき上げながら少女は酷く真面目な顔をしている。
その正面には金茶の髪に琥珀の瞳の見目麗しい美少年が居て、彼も同じように腕を組んで何やら深刻そうに考え込んでいる。
少女の右手、あるいは少年の左手に座る部屋の主はそんな二人を見ながら呆れたように冷めかけた紅茶をすする。
青白い顔に尖った顎を持ち、父親譲りの灰色の目をした彼の名前はドラコ・マルフォイ。
魔法界では有名な純血主義の名家である。
ドラコは紅茶を最後まで飲み干すと、カップを行儀正しくテーブルに戻し、両隣に座る二人に面倒くさそうに声をかける。
そうしないと二人はこのまま延々と悩み続け、今は空高くにある太陽が沈み、代わりに月が昇っても眉間に皺を寄せたままだろうと思ったからだ。
「いいかげんに考えるのをやめたらどうだ」
小一時間は同じ体勢のまま悩み続ける二人に親切心からそう言ってやったのに、彼のそんな気遣いは空しく空回りした。
「………」
「………」
まるでドラコの声など聞こえなかったかのように綺麗さっぱり無視をして二人はやっぱり同じ姿勢で考え込む。
無視をされるのが嫌いなドラコはむっとしてもう一度「いつまでそうやっている気だ」と話しかける。
しかし今度も返ってくるのは沈黙だけで、堪忍袋の緒がイギリス魔法界十七歳以下の平均より六割ほど短い彼は、青白い頬を少し紅潮させて今度は少し大きな声で怒鳴るように言う。
「聞いているのかっ!?」
普段大声など出す機会に恵まれないお坊ちゃま育ちの彼にとって、久々となる全力で出した声は少々辛かったらしく、肩で大きく息を繰り返すドラコに漆黒と琥珀の双眸が向けられる。
「聞こえてるわよ〜うるさいわね」
「何大声出してんだよみっともない」
ようやくまともな返事が返ってきたかと思えばこんな辛辣な言葉である。
両親、特に母親から溺愛されて育ったドラコはこんな酷い扱いを日常生活で受けることなど稀である。
その稀少な機会のほとんどをこの両脇に座る二人によって経験させられているのだ。
それも幼い頃からずっと。
「うわ、涙目。ドラコってば相変わらずヘタレね」
両の瞳にじんわりと熱を感じ、慌てて袖で拭って「うるさい!」と怒鳴る。
「大体何をそんなに深く考えることがあるんだ。折角久しぶりに僕の家に遊びに来たというのに、二人して黙り込んで失礼じゃないか」
涙を見られたことに羞恥を感じたのか、早口で捲し上げると少女が「かまってもらえなくって拗ねてたんだ」とぼそりと呟き、次いで室内でもなおその輝きを失わない金茶の髪の少年が真摯な様子でドラコを見る。
「ごめんなドラコ、気付いてやれなくって……でも俺達ドラコの為に一所懸命悩んでたんだよ」
その、妙に迫力のある綺麗な顔で近付かれて、ドラコもたじたじとなり、誤魔化すように咳払いをした後に「僕の為というのは何だ」と訊く。
すると黒髪の少女と金茶の少年は待ってましたとばかりに素早く二人で目を合わせ、声を揃えてこうのたもうた。
「「ドラコの友達百人できるかな☆計画第一章〜自己紹介編〜」」
「………」
あまりに真剣に真面目くさって二人が言うものだから、ドラコも思わずその雰囲気に呑まれてしまったが、よくよくその言葉の意味を心の内で反芻し、意味を解した頃には真っ赤になって怒った。
「なんだそれはっ!!」
ばんっとテーブルに勢いよく両手をついて立ち上がり、その衝撃からくる振動で空になったティーカップがカタカタと音を立てたが彼はそんなことは全く気にしないで両隣の少年少女に交互に顔を向けて怒鳴り散らす。
「珍しく深刻な顔をして悩んでいるかと思えばなんだその内容は!」
「だってドラコって友達少ないし」
「友達作るの下手そうだし」
「いつまでもクラッブとゴイルだけが友達っていうのも寂しいし可哀相だし(付き合わされる二人が)」
「俺は見目のよくないあの二人は許容できないし」
「だからホグワーツ入学を機会にドラコに友達作ってあげようと思って」
「人付き合いの苦手なドラコに代わってその方法を考え出してあげてたってわけ」
優しいよねあたしたち、と少女が言うと、少年がうんうんと大仰に頷く。
ドラコはというとあまりの言われように顔を赤くしたまま口をぱくぱくさせている。
確かに彼には友達と呼べる間柄の同年代の人間が少ない。
いつも引き連れているクラッブとゴイルは父親の代からの付き合いだから必然的に一緒にいるだけで厳密には友達とは言えない。
ドラコ自身もあの二人が友達だと胸を張ってあまり言いたくない、というなんとも二人に対して失礼な話である。
では幼い頃から知っているという点で同じである今現在側にいるこの二人はというと。
金茶の髪の美少年の方は父方の従兄弟であるし、黒髪の少女の方はその彼の従姉妹という血縁的関係ぶっちぎりなので友人とは呼べない。

従兄弟の名を呼び、ドラコはそちらに向かって大声で「余計なお世話だっ!!」と怒鳴る。
怒鳴られたは慣れているのか、耳に指で栓をして知らぬフリである。
その正面での従姉妹である少女はテーブルに頬杖つきながら「やっぱり第一印象よねーインパクトある自己紹介にしないと。ローブの下から鳩出すとかどうかなー」と勝手にあれやこれやとシミュレーション中である。
ドラコは血管が切れそうなくらいこめかみをひきつりながら彼女の方へ首をぎぎぎっと音がしてそうなくらいぎこちなく動かす。
も!そんなこと気にしないでいいんだ!!」
「えー」
残念そうに唇を尖らせる
「何だよ、お優しい従兄弟様であるこの俺が心配してやったというのに」
服の下に隠し持っていたせんべいをばりばりかじりながらが面白くなさそうに軽く舌打ちする。
ちなみに彼のティーカップの中身は一人だけ紅茶ではなく緑茶である。
品良く高級そうなカップに入った緑茶を啜る姿は残念ながら彼の容姿が通常より遥かに整っている為、どうしても一枚の絵のように見えてしまう。
「どこがだっ!!大体おまえが提案した事を実行して碌な目にあったことないぞ!」
「当たり前じゃん、碌なこと教えてないんだし」
「ねーねーじゃあさー髪型で目立つとかどうよ?モヒカンにするとかパンチパーマにするとか」
「何だと!?おまえ知ってて僕にあんなことをやらせていたのか!?」
「うわーその言い方何だか意味深〜。嫌よ俺ーおまえと噂になんかなるの」
「思い切って制服を一人だけバロック風にするとか。こうレースとかびらびらしてるヤツとかイケてないかなー?」
「僕だってなんかごめんだっ!!」
「『なんか』とはなんだよ、『なんか』とは。失礼な奴だなこんなに美少年な俺をつかまえておいて」
「杖に手品仕込んでいくのはー?引っ張ったら万国旗がでろでろーって出てくるのとか、安っぽい花が飛び出すとか」
一見すると和気藹々としたその場だが、実は一部が全くかみ合っていない会話はだらだらと続けられ、日が沈みかけた頃、夕食の準備ができたと呼びに来たドラコの母であるナルシッサが止めるまで三人はずっとそのままだった。
ぐったりとした様子の愛息子を見て彼女は心配そうに様子を窺うが、一緒にずっと喋り続けていたはずのが全く疲れをみせないで、むしろ元気良く「今日の御飯は何かなー」とスキップしそうな勢いでドラコの部屋を飛び出して行くのを見て、なんとなく悔しさを覚えた。
「何でもありません母上」
明らかに何でもないわけない様子だが、ドラコがそう言った以上はそうしておいてあげないと彼の虚勢が無駄になってしまう。
ドラコもいつの間にかこんなに大きくなったのね、と少々親莫迦な考えを頭に忍ばせながらナルシッサは軽く微笑んでドラコと共に部屋を後にした。



「あ、じゃあさ新入生全員に『おともだちになってください』って頼み込むとかどう?」
メインの肉料理を切りながらさもいい考えだという風にが言って、が付け合せのポテトを口に運びながら「いいんじゃねー?地道に努力するのが一番だしな」とどうでもよさげに賛成し、 パンをちぎる手を止めたドラコが「そこまでして友人なんか欲しくないっ!」と顔を真っ赤にして怒る様を帰宅直後のルシウス・マルフォイは息子もまだまだ子供だなーなどと口には出さずに思っていたとか。




完成日
2005/02/25