手紙
ホグワーツの朝は生徒全員が大広間で朝食を取ることから始まる。
寮ごとに分かれた四つの長テーブルに、それぞれのシンボルにのっとたカラーのネクタイを身につけた少年少女達が一斉に食事をする様は圧巻である。
また、この朝食時に決まってやってくる手紙を運ぶたくさんのふくろうはホグワーツの名物と言ってもよいだろう。
黄色に赤。
グリフィンドール寮の席では皆同じネクタイをしめている。
だが中には数人ネクタイをつけていない生徒もいた。
その内のひとり、シリウス・ブラックは適当に着崩した制服姿でいた。
しかし彼は元々の顔立ちの良さや身につけた所作のせいで、そんな格好でいてもかなり格好良く見えてしまう。
現にすれ違う何人もの女の子たちがぽうっとした目で彼を見つめているのだ。
そのシリウスはいつものようにジェームズ、リーマス、ピーターと一緒に大広間に入ってきて、
いつものようにリリーを探し出したジェームズの後に眠そうについて行って、いつものようにリリーと一緒にいるの正面に座った。
「まぁ、シリウスったら又そんないい加減な着方をして」
彼の制服の乱れを真っ先に見咎めたリリーがシリウスに直すように即座に言い渡す。
いつもの事である。
「あー……?」
シリウスが半分以上寝ぼけた感じで返事といえるのか甚だ疑問な声を返すのもいつもの事である。
だから誰も気にしない。
「あ、ジェームズそっちのマーマレード取って」
「はい、リーマス。ああピーター使い終わったのならケチャップ貸してくれるかな」
気にせずに普段どおりに食事を続ける。
そんな中、は黙々とトーストをかじり続けていた。
東洋の出身であるは、ホグワーツには一応留学という形で在籍している。
一応母国に帰ればそれなりの家柄の息女らしい。
だがジェームズを筆頭とするホグワーツの悪戯仕掛人達と同年の・という女生徒はいつもどこかぼんやりとしている。
「、トーストに何もつけなくていいのかい」
隣に座ったリーマスがの手元を覗き込み訊くが、「んー」という先程のシリウスと五十歩百歩な返答しか返ってこない。
仕方なくリーマスはの手から食べかけのトーストを取り上げて、手近にあった苺ジャムをたっぷりぬると、手持ち無沙汰になってぼんやりを通り越してうとうとしだしているの手の中にトーストを戻してやった。
しつこいようだがこれもいつもの事である。
は常に半分夢の世界に片足を突っ込んでいるような状態なのだ。
周囲の人間がこうして世話を焼いていなければ、今頃は階段から落ちているか、地下牢教室で気味の悪い薬品付けの生物と共に埋もれている。
もしかしたら、入学時に乗るホグワーツ特急の中で今も眠り続けているかもしれない。
「あら、リーマスありがとう」
ようやくシリウスにネクタイを結ばせたリリーがのトーストにジャムがぬられているのを見て礼を言う。
「ほら、スープも飲みなさい」
かしかしとトーストをかじり続けるからソレを取り上げ、取り皿に置くとリリーはスープをの目の前に持ってきた。
「相変わらずリリーはにつきっきりだね」
ジェームズが苦笑しながらそう言ってオレンジジュースを自分のコップに注ぐ。
以前あまりにもにかかりっきりな為、恋人としての自分たちの関係に疑問を持ったジェームズがリリーに激しく問い詰めたことがあった。
しかし二人が少し言い争いをしている間に傍でぼんやりしていたが寝ぼけて暖炉に頭から突っ込みかけたという事故があってからはリリーがの世話を焼くことに文句は一切言わなくなった。
その時は寸前でシリウスがのローブの襟首を掴んで止めたのだが、周囲の慌てっぷりをよそに本人はすやすやと寝息をたてていたのである。
「何、また寝てんのコイツ」
ようやく頭が動き出したシリウスがコーヒーを飲みながらを眺める。
「おはようシリウス。君もホントに朝に弱いよね」
「よりかはましだろ」
ジェームズがそう言うのに反論しつつベーコンエッグを皿に取り分ける。
シリウスが見ている正面では今にもスープ皿に頭から突っ込みそうなほどぐらぐらしている。
の保護者のリリーとリーマスはどうしたのかというと、同じ寮の友人に囲まれて宿題の答えあわせをしている真っ最中だった。
「このまま顔からスープかぶったらコイツを寮に戻すのを口実に今日の魔法薬学サボれるな」
「その前に君はリリーに鉄拳制裁を喰らうと思うよ」
「ふ、二人とも暢気に言ってないでなんとかしないと本当にの頭がスープ漬けになっちゃうよ!」
の頭が徐々にスープ皿に近付いていくのを冷静に眺めるホグワーツの主席&次席コンビにピーターは泣きそうになりながらの頭の落下地点からスープ皿を遠ざけようとする。
「コンソメ味のキスは嫌だな」
「その台詞、リリーやリーマスの前で言ったら君の身体は明日には焼却処分だよ」
ジェームズはのんびりとオレンジジュースに口をつけ、シリウスは優雅にパンをちぎって口へ運ぶ。
「何言ってるのさ!わーっお願いだから起きてー!」
小柄なピーターにはテーブルの向こう側に座るの皿まで手が届かない。
必死に呼びかけるが、当のはスープ皿と御対面まであと僅かに三センチ。
と、ふいにの頭が降下をやめた。
ぴたり、と湯気の立つコンソメスープの三センチ上で止まった頭はそれからゆっくりと上向いた。
「あれ、起きたのかな」
「まさか。今日の天気は晴れのち蛙チョコか?」
いまだに真面目な表情でよく分からない会話の応酬をするジェームズとシリウス。
「お手紙〜」
ぼんやりと上を見上げたの頭上には一斉に手紙を運ぶふくろう達。
ペットとして飼われているふくろうに混じって飛ぶ学校で飼われている茶色いふくろう。
ばさばさばさっと五、六羽こちらを目掛けて飛んでくる。
それらは全部シリウスに分厚い手紙の束を落とし、彼の皿から思い思いに食料を啄ばんでそして帰っていった。
「わぁーまたラブレター??」
ピーターが興味深げに女の子らしい文字が並ぶ可愛らしい封筒を覗き込んだ。
渋面で手紙をつまみ上げるシリウスをジェームズが可笑しそうにからかう。
「モテる男は辛いねぇ」
「うるせー」
手紙を纏めて鞄に突っ込み、空になってしまった皿に新たにソーセージを取り分けながらシリウスは目線を前に戻した。
「お手紙、あるの嬉しいね〜」
ほややん、と笑うの手にはいつの間にか白い紙。
「あ、可愛い」
ぽそりとジェームズが呟き、シリウスが隣の親友を睨みつける。
「あら、誰から貰ったの?」
ようやく友人たちから開放されたリリーが一息つくために冷めた紅茶を一気に飲み干してに訊く。
リーマスも戻ってきての持っている手紙を見つけて同じように問いかけた。
は今までに無いほどに喜色をあらわにしながら「えへへ」と笑って答えた。
「あのね、お師様からなの」
次
完成日
2004/11/4