『星が見えない』

彼女からメールが来たのは、夜も更けた頃だった。食事も風呂も済ませて、面倒だったがやらずにいると教師にうるさく言われて余計に面倒なことになるからと、渋々課題を広げていたところだった。寮に帰ってから鞄の中にしまったままだったケータイが十秒、震えてメールの着信を告げる。開いてみると短いメッセージ。何のことやら、考えても分からない。

『で?』

自分が返したメッセージは彼女以上に短かった。本当は久しぶりに寄越したメールに色々と文句を言いたかったのだが、面倒になってやめた。自分ばかりが彼女に執着しているようで悔しいから。

『流星群
今日の夜』

簡潔。彼女のメールはいつだってそうだ。同年代の女子にありがちな、中身のないだらだらとした文章を嫌う。そういった所が好ましいと、他人を滅多に褒めることのない赤司が中学の頃言っていた。

『みたいの?』

『みたい』

『雨?』

自分がいる秋田はここ数日穏やかに晴れる日ばかりだった。だが彼女のいる場所はそうではなかったのだろうか。テレビから流れる天気予報では周辺地域がピックアップされるばかりで、全国版を見ることがないから、気にしていなかった。

『降ってない』

『じゃあくもり?』

『違う』

短いメールのやり取りが続く内にすっかり課題をする気が失せてしまった。自身の体躯に比べると窮屈な椅子から立ち上がり、大して広くもない床に寝転がる。積み上げたままだった漫画雑誌が崩れて足元に散らばった気配がした。受信ボックスを開いて彼女からのメールを読み返す。雨は降っていない、くもりでもない。じゃあ彼女が星を見られない理由は何だろう。

『ここは明るすぎる』

返信する前に彼女からもう一通メールが届いた。一瞬で読み終える短い文章。

『こっちはよくみえる』

カーテンを閉めていなかったから、ガラス越しに空が見える。東京と違って周囲は住宅地だから、余計な光がない。ここは星がよく見える。彼女がいる所に比べて見ることのできる数が圧倒的に多い。

ちんもこっちに来ればよかったのに』

そんなに星空を望むのなら、自分と一緒に来ればよかったのだ。誘っても決して頷くことをしないだろうと、確信をもって言える。だけど言わずにはいられない。進路を決める時、一緒がいいと言ったのだ。離れるのは嫌だったから。だけど彼女は首を振った。

『寒いのはきらい』

『俺だってきらい』

『敦はバスケしに行ってるんでしょ』

『めんどうくさいのきらい』

『わがまま』

どっちが、と呟いていた。一緒にいたかったのに。ここには彼女の望む満天の星空があるのに、肝心の彼女がいない。自分一人で空を見上げても、何が楽しいのか分からないけれど、流星群を見たいという彼女なら、その価値が分かるのかもしれない。

『来ればよかったのに』

『遠いよ』

『ワガママ』

『敦ほどじゃない』

短いやり取りは続く。間をあけずに返ってくる彼女の言葉。どんなに近くに感じられても錯覚だ。ここに彼女はいない。あの時、どんな風に言ったら彼女は隣にいてくれたのだろう。一緒がいい、と子供染みた駄々を捏ねるだけでは駄目だった。返事を打ちかけてようやく気付く。自分は彼女に何も言っていなかった。隣にいることが当たり前だったから、これから先もずっとそうなのだと何の疑いもなく信じていたけれど。何一つ当り前ではなかったのだ。ただ偶然が重なっただけ。それだけだった。その偶然を形あるものにしようと思うのならば、明確にしなければならなかったのだ。自分と、彼女の関係を。メールを打つのをやめて、アドレス帳から彼女の番号を呼び出す。通話ボタンを押すと、数回コールしてすぐに彼女の声が聞こえた。

ちん、好き」
「遅いよ、ばか」
久しぶりに聞く彼女の声。今更過ぎると呆れた声。本当にそうだ。
「流れ星にお願いしたら、ちんこっちにきてくれる?」
逆さまに見上げた窓の向こうで、星が落ちた。
「寒いの嫌いって言ったでしょ」
「手つないであげる」
「秋田は遠すぎる」
「新幹線乗ればすぐだよ」
黙り込んでしまった電話の向こう。彼女はどんな顔をしているのだろう。
「ねえ、ちん。流星群いっしょに見ようよ」
彼女が望む風景を一緒に見てみたい。寒いから手をつないで。


だから「うん」って言って。一緒にみようって言って。




流星群



「敦」
星が落ちる。四角く切り取られた窓の向こう側で。
「好きだよ」
囁く声が、星が、静かに落ちる。



完成日
2013/11/16