彼はあたしを甘やかすのが好きだ。




甘い生活




、ほらチョコレート」
「ん、どうしたの?」
「買い物したらオマケにくれたんだ。やるよ」
用事があって出かけたついでに夕飯の材料も買ってきたらしい。彼の故郷である国で暮らす今、このチョコレートはあたしには甘すぎる。だけど、にこにこしながらあたしが受け取るのを待っているロックオンを見るととてもじゃないが拒否できない。
「……ありがと」
結果、陥落。ああ、またニキビの心配をしなくちゃいけないのか。銀紙に包まれた上からでもはっきりと分かる甘い芳香にくらくらする。
「今日はグラタンにするぞー。海老が安かったからな」
買い物袋からてきぱきと材料を取り出し、殻のついたままの海老を水の入ったボウルに入れて何の躊躇もなく殻を剥いていく。しかも背ワタまでしっかりと。その姿に感動せざるを得ない。
「ロックオンはいいお嫁さんになれるよね」
ダイニングテーブルの椅子の上に行儀悪く膝を抱えて座るあたしは、手際よく料理をこなしていく彼の背を見つめてぼんやりとそんな事を思う。悲しいことに彼の方があたしより料理上手だ。あたしだって食べられないものを作ってしまうほど破滅的な料理の腕じゃないんだけど、彼には敵わない。工夫するということがとことん苦手なのだ。
「お、なんだ?じゃあが貰ってくれるか?」
振り返ってウインク一つを寄越す。その薄ら寒い仕草すら、カッコ良く思えてしまうのだから美形って得だ。
「むぅ……」
「何だよ悩むなよ。恥ずかしいだろう?」
「いや、うん。ちょっとね、あたしにロックオンを養っていけるほどの甲斐性があるかどうか自問自答してたの」
「ははは。そんなのなくっていいんだよ」
は俺と一緒にいるだけでいいんだから、と。当たり前のように殺し文句を吐くこの男。一体あたしの心をいくつ奪うつもりなのか。真っ赤になったあたしの顔を彼は見ることなく手元の海老の処理を進めていく。だけど後姿にも彼が笑っていることが分かるから、あたしの表情などお見通しなのだろう。
「ムカつく」
「可愛いなぁ」
その背に憎まれ口を叩いても、あたしよりずっと大人な彼には通じなかったようだ。
「ムカつくー!」
「はいはい。は俺が大好きなんだな」
「言ってなーい!」
「好きで好きで堪んないんだろう」
「自意識過剰ー!!」
自惚れて何が悪い、と言わんばかりの余裕の態度に敵わない。いつの間にかいいにおいが漂ってきているキッチン。正直なあたしのお腹は正確に反応してきゅるる、と音を立てる。聞こえていないはずなのに、タイミングよく振り返ったロックオンがにっと笑って「完成!」とオーブンに入っていた熱々のグラタン皿を二つ、取り出した。

ご飯の後、甘いココアを飲むのがロックオンと暮らし始めてからの習慣になった。勿論、淹れてくれるのは彼で。せめて後片付けは、とあたしが晩御飯の食器を洗っている横で小さめの鍋に牛乳を温めて一人分のココアを作る。自分の分は砂糖もミルクもなしのブラックコーヒー。
「ロックオン」
二人掛けのソファに並んで座って、今日一日を振り返るニュース番組が流れるテレビ画面を睨むように見ているロックオン。あたしの声に彼は綺麗な緑色の瞳を向けてくる。
「そっちも飲みたい」
「駄目だ」
「何でよ」
「夜寝られなくなるだろ」
何という子ども扱い!そりゃあコーヒーのカフェインの作用は知っているけれども。しかもあたしは体質なのか、人より効きが良くて、一口飲んだだけでも朝まで寝られなくなってしまうこともあるのだけれど。
「飲みたい」
「だめだって」
ロックオンの綺麗な手が持つ白磁のマグカップを奪おうと、あたしは懸命に指を伸ばす。しかし悲しいかな、体格の違いは顕著に現れて彼の頭上高く持ち上げられてしまったコーヒーはどれだけ背伸びをしても届かない。
「ケチ!ちょっとぐらいいいじゃな……んっ」
文句を言おうとすれば、ちょうどあたしと彼の顔は間近にあって。当たり前のように塞がれた唇に中途半端なままの憎まれ口が宙に放り出される。
「……苦っ」
「ははっ、だから言っただろ」
ロックオンは苦いブラックコーヒーの味がした。顔を顰めるあたしを笑って、今度はさっきよりも深く、長くくちづけを交わす。
は甘いな」
「ロックオンの入れるココアが甘いんだよ」
ソファに背を預ける、その膝に抱き上げられて彼があたしに小さなキスを落とすのを好きにしていると、ふいに首筋をぺろり、と舐められた。
「ひゃん!?」
変な悲鳴を上げたあたしをやわらかく細めた碧い眼で見つめ、
「やっぱりが甘いんだよ」
そんなこというアナタの方がよっぽど甘いよ!……とは言えなくて、ただただ顔を真っ赤にすることしかできない。この男は一体どこまで恥ずかしいのだろう。
「お、赤く熟れたな」
頬をつつかれる。
「食べ頃」
「さわるなー!」
「ははは、そう照れなさんな」
「恥ずかしい男!」
ロックオンの膝から逃れようと暴れるも、大きな手に掴まえられて、後ろからぎゅっと抱き締められる。肩口に預けられた彼の頭、やわらかく波打った髪がこそばゆい。
「はー、やわらけーなー」
「うわーんセクハラだー!」
ロックオンの両手が不穏な動きを始めて、涙目になったあたしは必死になって抵抗する。
「ふわふわしてて甘くて、はホントにおいしそ」
「黙れバカー!!」
この後あたしは、自分を拘束するロックオンの腕を引き剥がすのに一時間格闘し、疲れてぐったりした所をこれ幸いとベッドまで運ばれ、ぎゅっとくっつかれて朝まで甘い夜を過ごしたのだった。



2008/10/11