05. お手上げです、きみには敵いません。
平日の昼休み。オフィスに近い公園が待ち合わせ場所になっている。お弁当を持って行くと、先に着いていた彼が咥えていた煙草をポケットから取り出した携帯灰皿に押しつけた。こういう所、好きだなぁ、って思う。ポイ捨てしないのは勿論、煙草の煙が苦手な私の前では火を消してくれる。さりげないけど、一緒に居るためには重要な心遣い。些細なことで喧嘩して、別れてしまうカップルは世の中に大勢いるのだ。
「ごめんね、待った?」
「いや、午前中の仕事がたまたま早く終わっただけっすから」
木陰のベンチに座って、二人で手を合わせて「いただきます」の挨拶。私は自分で作ったお弁当。静雄くんはコンビニの菓子パンだ。クリームパンを無言で頬張る静雄くんを見上げる。視線に気付いた彼がちょっと首を傾げる。何て可愛い仕草!身体は大きいのに(標準身長しかない私と、185センチもある静雄くんとじゃ頭一つ分以上違う)時折見せるこういう表情はずるいと思う。
「いつもコンビニのパンだなぁ、物足りなくないのかなぁと思って」
「……まあ、午後の仕事が長引く時はちょっと腹空きますけど」
口の中の物を咀嚼して、飲み込んでから(お行儀良いところも好きだ。きちんと躾けられたんだなぁって思う)返答。静雄くんのお昼ご飯はいっつもコンビニのパン二つ。それじゃあいくら何でも少ない。成人男子の食事量じゃない。
「やっぱり!ね、迷惑じゃなかったら明日から私が作ってきてもいい?」
「え、あの、さんが弁当を?」
目をぱちくりとさせる静雄くん。一人暮らしだって聞いているから、家に帰ってもきちんと食事しているのかどうか心配になってくる。
「駄目かな?」
「いや、駄目って訳じゃなくて、さんが大変なんじゃ」
「そんなことないよー。一人分作るのも二人分作るのも一緒だもの。あ、味が心配?じゃあこの卵焼きを進呈しよう!」
はい、あーん。にっこり笑って差し出せば、うっすら赤くなる静雄くん。初心な反応に私の脳内は大騒ぎだ。可愛すぎるよ、静雄くん。かなり迷って、おずおずと口にする。頬張った卵焼きが飲み込まれるのを待って、味を聞いてみる。
「どうかな?」
座っていても身長差があるから、下から見上げる形になる。すると耳まで真っ赤にした静雄くんはがしがしと金色の髪を掻きむしった。
「お、美味しくなかった?」
一人暮らし歴はそれなりになるから、料理の腕には多少の自信があったのだけれど、口に合わなかったかもしれない。味には好みがあるから。静雄くんは甘党だ。卵焼きには塩じゃなくて砂糖を入れるべきだったのかもしれない。そんなことを考えていると、
「いや、そんなこと無い……つうか、味なんてほとんど分かんないっすよ……」
赤い顔のまま、消え入りそうな声で呟く静雄くん。よく聞き取れなくて、少し身を乗り出した私の視線から逃げるようにそっぽを向いてしまう。バーテン服の襟元から覗く首まで真っ赤になっていた。何となくお互い黙り込んでしまったために続いてしまった沈黙を破ったのは静雄くんで。
「さん、さっきみたいなの誰にもしないでくださいよ」
「さっきのって?」
言われた意味が分からずに首を捻る私に、彼は恥ずかしそうに口の中でもごもごと続ける。
「だから、俺に卵焼き食わせたときみたいな」
さっき、静雄くんに、卵焼きを。ゆっくりと自分の行動を思い返すと、今度は私が赤くなる番だった。何てこと!人目も憚らずにラブラブカップルの王道「はい、あ〜ん」をやってしまった!!静雄くんが恥ずかしがった理由がようやく分かった。無意識とはいえ、かなり申し訳ないことをしてしまった。
「ごごごご、ごめんなさいっ」
今更ながらに謝る私に、静雄くんも「いえ、別に」と、もごもご言いながら視線を外す。お互いにどうしたらいいのか分からなくなって、先程よりも長い沈黙が辺りを漂う。話し声の途絶えた二人に、梢で遊ぶ小鳥の囀りが無邪気に降り注ぐ。いよいよ事態の打開に困った私の項垂れた頭頂部に、こほん、と静雄くんの咳払いが聞こえた。
「さん」
「は、はい……」
恥ずかしくて顔を上げられない私は、俯いたまま返事をする。だから気付くことができなかった。静雄くんがそんな私を見て口元に微笑みを浮かべていたことを。
「ああいうの、俺以外にしないでください」
上体を屈めて、耳元で囁かれたら、陥落するしかない!