06. 好きも嫌いも全部ばれてる




幼馴染みの門田京平は、とても面倒見のいい奴だと思う。彼の周囲にはいつも人が集まっているし、彼を慕う人は多い。それに比べて私という人間は、昔から人付き合いが苦手で、幼い頃からいつも輪の外側でぽつん、と佇んでいた。私には分からなかったのだ。楽しそうな輪の中に入る方法が。どうしても、分からなかったのだ。

自分の名を呼ぶ声に振り返ると、京平が立っていた。すぐ後ろに見慣れたワゴンが停まっているのを見ると、いつものメンバーで集まってこれから何処かへ行くところなのだろう。
「久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」
「私だって人並みに外出ぐらいするよ。あ、渡草くん、こんばんは」
立ち止まった私に声を掛ける京平の後ろ、運転席からひらひらと手を振る人物にぺこり、と頭を下げて。京平に向き直る。相変わらずでかい。中学に上がった頃からどんどん背を伸ばしていった京平。小学校高学年からほとんど伸びなかった私。今では見上げなければ彼の顔を見ることが出来なくなっている。その身長、少しでいいから分けてくれたら良かったのに。
「今から狩沢達を拾って飯食いに行くところなんだが、おまえも来るか?」
おまえに会いたがってたぞ、と付け加えられると少し嬉しい。人付き合いが苦手だった私には友人と呼べる人間がとても少ない。多分両手で足りるほどにしかいない。それもほとんどが京平を通じての知り合いだったりする。
「んー、大変魅力的なお誘いなんだけど、締め切り近いんだよねー。残念だけど、また今度誘って」
「忙しいのか?」
「今月はたまたま仕事が重なっちゃっただけだよ。えりかちゃんにごめんって言っておいて」
「そうか。じゃあな」
気をつけて帰れよ、と京平はあっさり別れを告げた。ばいばい、と私も手を振って家路を急ぐ。一人で雑踏の中を歩いている内に段々情けなくなってきて、涙が出そうになる。本当は嘘だ。締め切りが近いのは本当だが、食事に行く時間が取れないほど切羽詰まっているわけではない。そもそも本当にやばいのなら、外出すら儘ならない。だというのに、あっさりと私の言を信じた京平が憎らしくて。本当は知っているのかもしれない。知っていて、知らないふりをしてくれたのかもしれない。私が今、他人と食事をする気分じゃないことに。京平は気付いているのかな。そういう優しさは、時に残酷だってこと。
「そうだねぇ、ドタチンは多分気付いていると思うよ。多分というより絶対?そう、気付いてて君を見逃してくれたんだろうね!」
信号を待っている間、背後から聞こえた声に自然と顔が強張る。振り返らずとも分かる。声の持ち主は折原臨也。高校時代からの知り合いだ。
「まだまだ君に真っ当な人付き合いは無理みたいだねぇ。でも無理しなくていいんだよ。俺は君の不器用にもがく様をじっくり観察させてもらって十分楽しませて貰っているからね」
黙ったままの私と対照的に折原臨也は口を動かし続ける。信号はまだ、赤のままだ。ああ、苛々する。早く変わらないだろうか。
「ねえ、全然返事してくれないけど、俺の声届いてる?ちゃんと聞いてる?」
背後の折原臨也は一人で喋るのに飽きたのか、私の反応を求めてきた。けれど返事をする訳にはいかない。私は一刻も早く折原臨也から離れたいのだから。
「あれ?無視?そういう反抗的な態度してると、ますます構いたくなっちゃうんだけどなあ。つまり逆効果ってこと!」
残念!という言葉と共に肩を引かれて後ろを向かされる。目の前にはにやにやと笑みを浮かべた折原臨也の顔があって、私は思わず顔をしかめた。
「やあ、。やっと俺を見てくれた」
「……離して」
「嫌だよ。だって離したらは逃げるじゃないか」
先程青に変わった信号。周囲の人々は立ち止まったままの私たちを迷惑そうに避けて横断歩道を渡っていく。
「何か用」
「相変わらず冷たいなぁ。ドタチンに対するみたいに俺にも優しく接して欲しいんだけど?」
「京平とアンタは違う。それに折原臨也、私がアンタに優しくする筋合いない」
折原臨也を睨むように見上げて言えば、彼はその整った顔で最高に人の悪い笑みを浮かべた。
「あるよ。俺は人間が大好きだからね。だから人の方も俺を愛さなくちゃいけない。そうして、君は俺が今まで会った中で一番人間らしい人間だ!君のその愚かしいほどに不器用で、まっすぐで、脆くて、繊細で、意地っ張りで、臆病なところを僕は心の底から愛している!」
私の肩を掴んだまま滔々と語り出す。芝居がかった身振り手振りにうんざりした。ああ、早くこの男から離れたい。
「俺がこんなに愛しているんだから、、君も俺を同じだけ愛する義務がある。そうだろう?」
「訳の分からない理屈に私を巻き込まないで」
周囲の雑踏が立ち止まる。どうやら信号が再び赤になってしまったらしい。私はどうやって折原臨也から逃げようか、そのことばかりを考えていた。彼に捕まれたままの肩。じんわりと伝わる体温が煩わしくて、眉根を寄せる。些細な表情の変化にも目の前の男は敏感に気付いたらしい。
「そんなに俺が嫌い?全くは本当に素直だね!」
あはは!と何が可笑しいのか、軽快に笑い飛ばす。
「他人に対していつも一線を引く君が、俺に対してだけは感情に素直になる。こんなに可愛い反応、楽しまなくちゃ損だろう?ああ、損だ。人生損するよね!だっては本当は」
「言わないで!」
今日一番激しい声を出した。その瞬間、しまった、と思ったのだが後の祭り。私が声を荒げた事に折原臨也はそれはもう、嬉しそうな顔をした。
「いいよ。がそう言うなら。俺は黙っていてあげるよ」
全てお見通しだ、と言わんばかりのその態度。
「もう、離して」
「いいじゃない。仕事、余裕あるんだろう?どこかでご飯食べて行こう。あ、もちろん奢るよ。今日は可愛いの可愛いところがいっぱい見られたからね!何処にしようか。久しぶりに露西亜寿司でいいかな。ああ、ところで、俺とつきあってよ」
離して、と言ったにも関わらず一向に離れる気配のない折原臨也。あまつさえいつのまにか食事に行くことになっている。彼の強引さには辟易する。もう振り払う気力すらない私は引きずられるように折原臨也について歩くしかない。ああ、だから私は折原臨也が嫌いなのだ。彼に関わるといつも以上に私は私を見失う。朦朧としかけた意識の中で聞いた、折原臨也の「つきあってよ」の言葉が、食事に行くと同義ではないことぐらい分かるほどに初心ではない。
「俺は君を心の底から愛してあげられるよ」
「な……に、言って」
「ねえ、。俺は人間が好きだ。君みたいな欠陥だらけの人間すらも愛おしい。だからこそ俺は君を愛してあげるよ。愛して愛して愛して、どろどろに甘やかしてあげる」
腕を引かれて、頬を折原臨也の黒い衣服に押しつけられる。抱きしめられている、と気付いたが遅かった。腕を突っぱねて離れようともがくけれど、彼はそれを許さない。一体どこにこんな力があるのだ。細身の身体はびくともしない。私を抱きしめたまま、彼は耳元で囁く。恋人同士の睦言のように甘い甘い声で。
「本当は輪の中に入りたいのに、どうやっても入れない。そんな君の孤独を、俺は愛してあげるよ」
「………!」

だから折原臨也は嫌いだ。私の心の内を、いつも見透かすのだから。


完成日
2012/04/22