ずっとずっと、アナタの夢を見ていられるように。



『首』



桃色の花弁が風に舞う。
梅のそれより大きく、桜のそれより濃い色をした花びらがはらはらと、沈み始めた夕陽を浴びて落ちる様は大層美しかった。
まるでここが彼の地、桃源郷であるかのような錯覚さえ覚える。
絶景を望む欄干の側に一組の男女が在った。
一人は薄い色のクセ毛の男で、彼は桧皮色の着物を少々着崩し、膝の上にある存在をいとおしむように飽きもせず眺め続ける。
彼の膝を枕に眠るのは一人の少女だ。
艶のある黒髪はまっすぐに伸びているが、今は彼女の肩をすべり男の膝の上から零れ、床に散らばっている。
閉じた瞳を縁取る睫毛は長く、目元に影を落とす。
雪のように白い肌には夕陽の所為か、頬にほんのり朱が入って見える。
ふいに少女が身じろいだ。
夕刻になって吹いた風が肌寒かったのだろうか。
男は手近にあった自分の羽織を手繰り寄せ、少女の肩にかけようとする。
だが少女は目を覚ましていた。
起きぬけの、焦点の定まらないぼんやりとした瞳で幾度か瞬き、やがて自分を見下ろす男の優しいまなざしを見つける。
「おや、起きましたか」
「喜助……?」
起きたばかりの掠れた甘ったるい声で少女は男の名を呼ぶ。
その声に喜助は背筋が粟立つような、ぞくりとした快感を刹那に感じる。
「よく寝てたっスねー。もう日が沈みますよ」
縋るように甘えるように身体を寄せる少女の髪を優しく撫でながら言う。
少女は頬に喜助の着物をくっつけて、肺の奥深くまでその香りを吸い込む。
わずかに煙草のにおいがして、眉を顰める少女の髪を喜助は撫で続ける。
「夢、みてた」
ぽつりと呟かれた声に喜助は穏やかに問いかける。
「夢?どんな夢をみたんスか」
訊かれて少女はかすかに首を揺らす。
頭を撫でる喜助の手が心地良くて、再び落ちそうになる瞼を二、三度瞬くことで止めた。
「大切な人と交わした、タイセツな約束を守る夢」
「それはいい。きっとその人も喜ぶでしょう」
顔を上げずとも、笑った雰囲気は空気が震えて伝えた。
「そう、かな……」
曖昧に返事をすれば「そうっスよ〜」と軽い声で返事が返ってきた。
その返事をした人物の首に少女は腕を絡める。
ぐっと近くなった距離で、黒曜の煌めきを持つ少女は喜助の瞳とまっすぐに対峙する。
「ねぇ喜助」
「何です?」
「あたしにもヤクソクをちょうだい?」
幼いばかりのその声と裏腹に、表情はしっかり“女”の貌をしている。
そのアンバランスさに眩暈を覚えながらも少女の戯言のような『お願い』を聞いてやる。
「いいっスよ。どんなのがいいんです?」
了承を得た少女は縋りついた腕に力を込める。



「首」



たった一言告げられたその言葉。
ちょうど風が吹いて桃色の花弁を空へと攫っていった。
「はい?」
訊き返す喜助に少女は尚も強く抱きつきながら繰り返す。
「喜助の首をちょうだい?喜助がこの世界の何処からも居なくなる時に。あたしにその首を頂戴」
言われた方はしばらく唖然として目の前の少女を眺めていた。
「アタシの首なんてどうするんスか。こんなオッサンの首なんて眺めても楽しくないでしょう」
ようやく返した言葉に少女はゆるゆると首を振る。
「お昼寝の枕にするわ。ずっと抱いて、ずっと眠って、ずっとアナタを覚えていられるように。忘れないようにするの」
沈みかけていた夕陽は何時の間にやらほとんど山の稜線の向こうに消え、辺りには宵闇が漂ってきている。
そんな中、真摯に自分を見上げる少女に喜助は微笑いかける。
「―――そりゃあいい。アタシがずっとの中に残っていくってことでしょう?喜んで差し上げますよ」
膝の上の少女を抱えなおして耳元でそう告げると、は安心したようにぎゅっとくっついて甘えた。
そんな彼女を少し自分から離して、額の髪を掻き分けてくちづけを落とす。
唇はそのまま瞼に、頬に、鼻の頭にと次々と落とされていく。
少し肌蹴た着物の襟から鎖骨に喜助が唇を寄せると、はくすぐったそうに身を捩った。
逃げるように腰が浮くのを強い力で引き寄せて、ようやく彼女の華のようなくちびるにくちづけを落とす。
そのまま深くお互いを貪りあって、紫を帯びた宵の闇が濃い蒼に変わって中天に月が燦然と輝く頃になっても、 二人はまだ離れずに互いの体温を素肌で感じ合っていた。


いつかあたしの元を去ってしまうアナタを。
小さな約束で縛り付けることしかできないけれど。
あたしが強請って、アナタがくれなかったモノはなかったから。
だからあなたの首を頂戴?
あなたの最期、その瞬間に。
あたしの元へ還って来て。






BLEACHで喜助さん。
まだ瀞霊廷に居る頃。
それにしても首なんてどうするんだ(自分で書いておいて何)
剥製にでもするのか?朱塗りの髑髏にして盃でも作るのか?(わぁ)


完成日
2005/05/28