規則正しく生活し、退屈だとぼやく前に日々をこなす。
空が黄昏に落ちるまでにやることはたくさんあるのだから。
文句を言ってる暇など無い。
陽炎、稲妻、水の月
十三番隊八席のの一日は、同隊の敬愛すべき隊長を起こすことから始まる。
十三番隊隊首室、雨乾堂。
水に浮かぶ離れになっているその建物、その中にはいた。
「たーいちょー?朝だぞー起きろー」
死覇装の上に白い割烹着をつけて、手にはお玉をひっさげて。
襖を開けてその奥、布団の中で埋もれる浮竹十四郎を台所からの味噌汁のにおいで誘ってみる。
出汁のきいた味噌汁の芳醇な香りが届いたのか。
布団がもぞり、と動いた。
「飯……」
骨が目立つ、だけれどもがっしりとした手だけが布団の中から伸びている。
はそれを見てもう一押しかなーと暢気に構える。
「今朝の献立はししゃもと出汁巻卵にひじきの煮付け、味噌汁は大根で特別に家秘伝の梅干までつけちゃいますよー」
浮竹が寝ている布団の枕元にしゃがみ込んで口に両手を添えて言ってみる。
その声に反応して再び布団の山がもぞもぞと動く。
中途半端に伸びた黒髪を、料理中は邪魔だからと後ろで無造作にくくったはその様子を更に観察する。
「う……もう朝か?」
「そうですよ。始業二時間前ですよ。起きましたか隊長?」
ようやく布団から這い出た浮竹を今度は正座して見る。
そのまま畳に手をついて、深々と一礼。
「おはようございます浮竹隊長」
「ああ、おはよう。早速だが飯を……」
「駄目でーす」
「な、何でだ!?俺はもう腹ぺこなんだぞ?」
こんなにいいにおいが部屋を充満しているのに、しかも浮竹はその香りにつられて目を覚ましたというのに。
どうしてだか部下におあずけを喰らい、十番隊隊長は酷くうろたえる。
対するは女性顔負けの綺麗な造りの顔でにっこりと微笑む。
「隊長昨日風呂に入んないで寝ただろ?腕に墨ついてる」
言われて指をさされ、浮竹は着物の裾から伸びた自分の腕を見下ろす。
病的に白い腕には昨晩持ち帰った仕事をした時についたのだろう。
墨がかすれてはいたがついていた。
「あーあーシーツにまでついてら。隊長、さっさと風呂行ってくださいよ。その間にこれ洗濯しちゃいますから」
「す、すまんな」
箪笥からきちんとたたまれた死覇装と手拭を取り出し渡す部下に浮竹は頭をかきながら申し訳なさそうに謝る。
しかしは笑っていた。
「隊長、こういう時は謝んなくてもいいんだよ。だって俺はあんたの部下なんだから」
そしてそのことを誇りに思う、と。
とても綺麗に微笑みながらは手際よくシーツを剥がして丸めると、未だに部屋の入り口付近でうろうろしている上司の背中を軽くぶつ。
「ほら、さっさと入ってきてよ。味噌汁とかは温めなおすけど卵焼きとかはどんどん冷めちゃうだろ」
「あぁ、すま……いや、ありがとう。」
すまない、と又言いかけての桔梗色の双眸が僅かに細くなったのを見て慌てて言いなおす。
それを見ては満足そうに一度頷いて。
「どうしたしまして」
嬉しそうに笑った。
「おはようございますっ浮竹隊長!!」
朝食後、を伴って詰所へ向かう浮竹に、威勢の良い挨拶がぶつかってきた。
「おはよう」
浮竹が僅かに微笑みながら返すと、さらに横から声が勢い良く飛び出す。
「あぁ!!ずるいぞ小椿!隊長には私が一番に挨拶をしたかったのに!」
「へん。おまえがぼやぼやしてんのが悪いんだよ」
「何ですって!?」
「おまえら朝から元気だよなー」
浮竹の後ろからひょいと姿を覗かせてがほとんど感心したように呟く。
「さん!お、おはようございますっ今日もいい天気ですね!!」
仙太郎とにらみ合いを続けていた清音がぱっと顔を輝かせて声の主に駆け寄る。
「おーおはよー。清音は朝から可愛いなー」
彼女の短い髪を撫でながらは笑う。
その笑顔に清音は軽く頬を染める。
「てめぇ何俺様より先にさんに挨拶してんだよ!?」
「どういたしまして!!さんはあんたなんかより私のほうを可愛がってくれてるもの!」
「何だとー!?そんなわけないだろうがっ」
「いや、結構そんな感じだぞ」
白熱する二人の言い争いにぼそりと口を挟んだの一言で仙太郎の敗北が決まった。
ずぅん、と重たい空気を背負ってその場に体育座りをする仙太郎に清音はの腕に絡まりながら舌をべーっと出す。
「まぁ、でも。仙太郎の一所懸命なとこは好きだな。うん、おまえ頑張ってるもんな」
落ち込む仙太郎の背にさらりとそんな台詞を投げかけては一人、詰所へと入っていった。
「さん……」
去ってゆくその背を見つめながら感動に瞳を潤ませる仙太郎に清音が又もや噛み付く。
「ずるいぞ小椿!!私もさんに褒めてもらいたかったのに!」
「あぁ!?何だてめーは!折角俺様がいい気分に浸ってんのに邪魔すんじゃねーよっ」
そうして二人はそのまま騒がしく詰所へと向かう。
の放つ言葉に一喜一憂する己の部下を見ながら浮竹は苦笑するしかない。
「無意識なんだろうなぁ。のアレは天然モノだし」
老若男女問わずに好かれる性質を持つ八席の振る舞いを見ていた浮竹はしみじみとそう呟いて青い空を見上げたのだった。
正午、詰所には緊急連絡用に数人が居残るだけで、残りの人員は昼休憩に入る。
天気がいいので今日は外で昼飯を食べる者が多い。
隊舎の庭、その入り口でわずかに緊張しながらしきりに辺りを見回している小柄な人影を見つけては手を振る。
「おーい、ルキアちゃん」
声をかけるとばっと音がしそうなくらい素早く顔をこちらへ向けた。
「殿!」
はゆっくりと残りの距離を歩いていたが、ルキアの方が小走りにやってきてその距離を埋めてしまった。
「悪い悪い、ちょっと遅れちゃったな」
三番隊からの書類が中々届かなくってさーギンの阿呆がまたさぼってやがる、とぶつぶつ文句を言いながら左手を顔の前にあげてごめん、と謝る。
ルキアはいいえそんな滅相もないっ!と首を勢い良く左右に振る。
「八席というものはお忙しいのですね」
「いんやーそれほどでもないよ?隊長や副隊長に比べたらね、全然ぺーぺー。ま、書類整理が多い分肩は凝るけどな」
「殿は現世への任務にはあまり行かれないですね」
「あー……うん」
「殿?」
急に歯切れの悪くなったを不思議そうに見上げるルキアの視線に気付き、何でもないと軽く笑う。
「まぁ色々と事情があんのよ。それよりもさっさと昼飯にしようぜ。たくさん働いてお腹空いたし」
「あ、は、はい!でも本当にいいのですか。私などが殿の手作り弁当を食しても」
「あーいいのいいの。俺がしたいっつってルキアちゃんはその我儘に付き合ってくれてんだから全然気にしなくっていいの。さ、行こう。今日の自信作はから揚げだぞー」
ひらひらと手を振り、何でもないことのように綺麗に微笑むをルキアは眩しそうに見上げる。
先に歩き出していた彼が右手に風呂敷に包まれた重箱を持ち、空いている方の手をすっと差し出す。
意味を解せずに戸惑いながらその手を見つめるルキアに少しだけ悪戯っぽく笑って。
「手、繋ぎませんかルキアちゃん?」
投げかけられた言の葉に小柄な少女は頬を赤く染め上げた。
躊躇いがちに伸ばされた手に己の手を重ねると、きゅっと優しく握られる。
「おーっし行くぞー。さぁて今日は何処で食おうかな」
鼻歌混じりに歩く彼の顔をその背中越しに見上げながらルキアは思う。
ああ、本当に綺麗な人だ、と。
数年前に兄となった白哉も綺麗な面立ちをしているが、この上司はまた違った美しさだ。
白哉のそれが何者をも寄せ付けない孤高の美だとすれば、のそれは人を惹き付けて止まないものだ。
誰もが彼を好いている。
それは見かけの綺麗さと打って変わって彼の中身がとても人好きのするものだからだろう。
――――「新入隊員?」――――
――――「は、はい。朽木ルキアと申します……」――――
――――「あーそんなにかしこまらんでいいよ。俺はね。よろしく」――――
――――「はいっ。よ、よろしくお願いします」――――
――――「しばらくは俺が君の面倒見ることになったから。判んないことあったら何でも聞いて?」――――
――――「あ、は、はい」――――
――――「遅刻の誤魔化し方とか副隊長のからかい方とか食堂の隠れメニューとか、色々教えてあげるからな」――――
――――「え?え??」――――
――――「ま、とりあえず。ようこそ十三番隊へ。歓迎するよルキアちゃん」――――
そう言って、あの時もこの手が差し延べられた。
剣を持つなど微塵も感じられないこの手が。
慈愛と優しさに満ちたあたたかな手が。
あの時、周囲の環境が目まぐるしく変化する中心細かった自分にとってその手がどれほど暖かかったか。
「きっと知らぬのだろうな」
手をひかれながらも小さく呟く。
声が届いたのか、が振り返る。
「な、何でもないです」
「そ?」と軽く首を傾げる姿にまたもや頬が熱くなるのを感じながらルキアは繋がれた手に少しだけ力を込めたのだった。
何も言わずに握り返してくれるが本当に好きだと、そう思った。
後日、は六番隊の隊舎前で呼び止められる。
「……」
「あらーん?白哉じゃないの。何か用?」
「先日はうちの妹が世話になった」
「ルキアちゃん?あーいいよいいよ。半分は俺の我儘みたいなものだったし」
「ところで」
会話をするのに適当だった距離を無表情に詰め寄りながら白哉はをひたと見据える。
「いつ婿に来るのだ」
「は………ぁ?ごめん、兄ちゃん。言ってる意味が分かんない」
「先日兄に昼を馳走になってからあれの様子がおかしい。昨日などは頬を染めてから揚げを見つめていた」
「それが何の関係……」
「朽木家の諜報部に調べさせた。兄の作った弁当にから揚げが入っていたのだろう?」
昨日の夕飯にから揚げを熱望したのもルキアであるしな、と淡々と呟く間に白哉はを壁際に追い詰めてゆく。
は笑顔で対応するものの、冷や汗が背中を流れ続ける。
返答は、と迫力ある整った顔ですごむ白哉から逃げる術を見つけられないまま、
その後偶然その場を通りかかった五番隊隊長によって助け出されるまで延々と返事を求められ続けていた。
男主人公と十三番隊+関係者の兄上様。
慕われまくる主人公。
天然タラシの素養ありです。
完成日
2005/07/14