「そんじゃお先に上がらせてもらうわ」
十三番隊所属第八席、。
本日の業務、終了。
恋路十六夜
「お疲れ様です、さん」
「おう、お疲れー」
「道中お気をつけてくださいねー」
「あはは、俺は乙女かよ!」
詰所で帰り支度を整えて、出ようとするとあちこちから彼に声がかかる。
その一人ひとりに言葉を返しながらはゆっくりとそこを出た。
すると今詰所に戻ってきたのか、腕に書類の束を抱えたルキアに戸口付近でばったり出会う。
「あ、殿。今日はもう仕舞いですか」
「そ。これから乱菊達と約束してんだ。残念だなールキアちゃんも残業でなかったら誘えたのにな」
「すみません。折角誘って頂いたのに……」
しゅんとして俯く彼女の低い位置にある頭を二、三度ぽんぽんと軽くたたいて、は笑う。
「仕事だもんな、しょうがないさ。次は一緒に出かけような。じゃ、残業頑張って」
「は、はい!」
僅かに頬を染めて見上げる彼女の頭を今度は軽く撫でていると、詰所の奥から十三番隊の副隊長がひょっこり顔を出した。
「朽木ー書類受け取ってきたかー?ってじゃねーか、何だまだいたのか」
「うわ、海燕『副』隊長ったら酷いお言葉!」
「何が酷いんだよ。これから残業の俺らに向かって遊びの約束ひけらかす奴に酷いも何もあるか。っつうか『副』強調すんな」
「副隊長は副隊長でしょう。俺はどんなにうっかりしても海燕『副』隊長を海燕隊長とは呼びませんからね」
「あームカつくムカつく!おまえさっさと飲みに行っちまえ。そうでなきゃ居残って残業手伝え」
「嫌ですよーだ。今日一日何百枚と書類書き上げて俺はもうくたくたなのです。サービス残業なんて真っ平ごめんだよ。
というわけでお先に失礼します海燕『副』隊長!ルキアちゃんも適当に切り上げて帰れよー?残業なんて高給取りの海燕『副』隊長にやってもらえばいいんだからな」
「うるせー!!さっさと行けっつてんだろーがっ」
「殿、お気をつけて!」
怒る副隊長と可愛い後輩に見送られては詰所を後にした。
十三番隊の隊舎前の長い階段を下りると、明るい髪色の小柄な女性がの気配に気付いてぱっと振り向いた。
「さん!」
「おー清音、待たせたな。あれ?勇音ちゃんは?」
彼女の隣にその姉の姿がないことに気付いてが清音を見下ろす。
「姉さんは夕方に急患が入ったとかでちょっと遅れるそうです。あ、私姉さんを呼びに行ってから行くんでさんは先に行ってください!」
「りょーかい。出来るだけ早く来てくれよ?俺だけじゃ乱菊の相手しきれないし」
駆け出す清音の背を見送り、は待ち合わせの場所へと足を向けた。
「いらっしゃい、あら?くんじゃないの、久しぶりね」
「お久しぶりです女将さん。相変わらず別嬪さんですね」
「もう、くん相変わらず口がお上手なんだから。奥へどうぞ。お連れ様ももう見えてるわよ」
「ありがとうございます」
がたまに来る小料理屋はしっとりとした和風美人の女将とその旦那が切り盛りするこじんまりとした小さな店だ。
出される料理の味がにとってとても好きな味であり、店の雰囲気も落ち着いていて贔屓にしている。
通された奥の仕切りの向こうには、既に酒を煽っている乱菊と、雛森の姿があった。
「遅〜い」
「ごめんごめん。何、もう始めちゃってんの?」
乱菊の隣に座りながら、斜め右に端座している雛森へ「久しぶり」と声をかける。
「こんばんは。あ、あの、さんお元気でしたか」
「うん、元気ですよ?桃ちゃんも元気そうで何よりだな」
「はい!」
「そういやあんた一人なの?何人か連れてくるって言ってたじゃない」
手酌で酒を注ごうとする乱菊を遮って猪口に酒を注ぎいれてやりながらは壁にかけられた時計を見上げる。
「あー清音は勇音ちゃんの残業終わってから一緒に来るって。ルキアちゃんも今日は残業だし、七緒ちゃんは現世へ任務中だったから誘えなかった。あとは烈さんとか砕蜂とか誘おうかと思ったんだけど隊長さんは何処も忙しいみたいで」
大変だよなーとつまみの枝豆を口に放り込みながら言うに乱菊は「ふーん」と曖昧に返事をしつつも、「が誘えばメノスグランデ来てたって飲みに来ると思うけど」と心の中でこっそり思っていたりした。
雛森が追加の料理と酒を頼み、乱菊が二本目の徳利を空にした頃、ようやく虎徹姉妹が現れた。
「お待たせしましたー!」
「どうも、こんばんは」
明るくハイテンションでその場に登場した清音と、長身を折るようにしてぺこりと頭を下げた勇音。
「はい、姉さんはそっち!私は雛森さんの隣に失礼するから」
「き、清音……」
雛森の隣に腰を下ろそうとしていた勇音の腰を押し返しながら清音は姉をの隣に座らせる。
引っ込み思案な姉はに少なからずほのかな想いを抱いているらしいのだが、如何せん、性格が災いしてまだこれといった進展がみられない。
清音としては、普段から妹のように可愛がってくれるが本当に兄になればいいな、と常々考えているので、今夜はチャンスだ!とばかりにここへ来る道中あれこれと勇音にへ何かアプローチすることを言い聞かせて来たのだ。
ただしそこで誤算だったのは、ここには勇音以外にもに想いを寄せる相手がいるということだった。
乱菊は、まあ、除外する。
彼女は幼い頃からと共に過ごしてきているためか、はたまた元来の性格なのか。
どうもを恋愛対象として意識していないようなのだ。
それは言葉や行動の端々に現れている。
「〜ちょっと頼みたいことあるんだけど」
「はいはい。今度は何?こら、乱菊俺の分の豆腐食うな」
「えーいいじゃんちょっとぐらい。そんでお願いなんだけどさ、伝令神機、改造して」
「はぁ?だっておまえ、それいじっちゃマズイだろ」
「誰も中身のカスタマイズなんて頼んじゃいないわよ。外側!フレームのことよ」
「あー外側ねー。吃驚した。俺はまたお前が悪の道に進むのかと思って心配しちゃったよ」
「何よ失礼ね。大体悪の道にってんならあたしよりギンの方が既に手遅れじゃない」
「あー………ギンの阿呆な……あいつこの前ウチに来たとき何ごそごそしてんのかと思ったら盗聴器仕掛けてやがった…………」
「ほら!あたしの方が安全じゃないの!!」
何処か遠い目で天井辺りを見上げると、盛大に突き出した胸を張って何やら自慢げな乱菊。
遠慮の無い会話が二人の親密さを垣間見せるけれど、どう見たってそこに『甘さ』は含まれていない、というのが清音の分析結果だ。
ならば姉の入り込む余地はまだある、と。
誤算だったのはここに雛森がいたことだろう。
鈍い姉は気付かなかったようだが、清音はぴんときた。
あれは恋する女の子の目だ、と。
に話しかけられて頬を染めてはにかむ様子も、さりげなく料理を取り分けてみせるのも、きっと全部に好印象を与えるためだ。
「さんお料理どうぞ。あ、乱菊さんもお酒の追加頼みましたから」
「さんきゅーな、桃ちゃん。本当に気が利くいい子だなー誰かさんとは大違い」
「ちょっと、誰かさんって誰のこと?」
「さあ?誰でしょうねー?」
「ふふ、お二人とも仲がいいんですね」
さりげなく二人の会話に割って入っていく雛森の手腕に清音は舌を巻く。
しかも彼女の容姿はが普段から豪語する『可愛い』ものそのまんまではないか。
これではせっかく姉を連れて来て、しかもの隣に座らせた意味がない。
清音がやきもきしていても、肝心の勇音は両手に焼酎のコップを持ってちびりちびり、と飲んでいる。
四番隊は今日も激務だったらしく、仕事の後の一杯を至福と捉える姉の様子にお疲れ様と一言言いたいが、如何せん、今はそれどころじゃない。
何か話しかけろ、折角隣にちょっと強引にでも座らせたんだから!と視線を送ってみるが全く効果なし。
清音がいいかげんしびれを切らして姉を連れて一旦作戦を練り直そうと腰を浮かした時だ。
「あらあら、美人さんばっかり。くんは本当にモテるのね」
店の女将がやってきて、新しい料理と酒を置く。
「あはは。みんな揃って独り者だから、俺の暇つぶしに付き合ってくれてるんですよ」
「あら、そうなの?でも案外皆さんくんの事が好きだったりするんじゃないかしら?」
「だったら嬉しいなー。みんな可愛いし。な、勇音ちゃん」
「え、あ、は、はい」
突然に話しかけられ、勇音は手に持つ焼酎のコップを落としそうになった。
「さん!あたしもさんのこと好きですから!!」
にこりと勇音にが笑いかけると、雛森がやけにきっぱりした声で主張した。
もう、余計なことを!と清音は歯噛みするが、は嬉しそうに雛森にも微笑む。
「ありがとう、桃ちゃん」
「あら、あたしもそれなりにのことは好きよ?それなりに、だけど」
一人でほとんどの酒を空けている乱菊が、流石に酔ったのか目尻に朱を乗せながら卓の上に頬杖ついて便乗する。
「はいはい、どうもありがとねー。俺もおまえのことはそれなりに大事にしてますよ」
「うふふー分かってるわよー」
「あーあ、また酔っ払って。冬獅郎に怒られるんじゃねーの?二日酔いなんかで出仕したら」
「あれ、さんシロちゃんと知り合いなんですか?」
十番隊の小さな隊長のことを話題に出せば、雛森が両手に湯呑みを持ち、意外だという風にを見た。
新しく来た料理に箸をつけながらが頷くと、乱菊が説明した。
「ウチの隊長さん来たばっかで何にも分からないでしょ?ひと月ぐらい前までに事務作業手伝ってもらってたのよ」
「可愛かったなー冬獅郎。すぐに怒るし。乱菊と二人でいっぱい遊んじゃった」
「隊長ったら顔真っ赤にして本気で怒鳴るんだもん。面白かったわ〜」
思い出し笑いをする二人はこの中では年長者なのだが、悪戯が成功した時の子供みたいに屈託無く笑っている。
の『遊び』加減を知っている清音は心の内で十番隊隊長にこっそり同情し、彼と幼馴染である雛森は自分の知らない間にと仲良くなっていた日番谷にずるい、と嫉妬したり。
勇音は相変わらず焼酎をゆっくりゆっくり飲み干している。
ひとしきり笑って、勇音のそんな様子に気付いたは茹でた枝豆や、釜揚げ豆腐など、酒のつまみになりそうで尚且つ女性が好みそうな低カロリーの料理を差し出す。
「お酒ばっか胃に入れるとよくないんだろ?ちょっとは何か食べないと」
「あ…」
勇音がびっくりしてを見ると、彼は手を彼女の方へ伸ばし、
「お疲れさん」
その高い位置にある頭を撫でた。
背の高い彼女、対して男としてはごく平均的な身長しか持たない。
二人で立って並ぶと悲しいかな、勇音の方がを見下ろすという形になってしまうのだ。
身長の高さは勇音にとって長い間コンプレックスだった。
妹である清音は普通サイズなのにどうして自分だけが、とうじうじ悩んでいたこともある。
だが座っている時ばかりは、二人の目線に差異は少ない。
そのことに気付いた時、勇音の心が少し躍った。
といっても何が出来るということもなく、俯いて小さく「ありがとうございます」と礼の言葉を口にするだけであったが。
それでも勇音にとっては忘れられない夜となったのだった。
店を出て、泥酔状態の乱菊を送る為、は彼女を背負って十番隊の隊舎の方へ去って行った。
「送ってやれなくってごめんな」
申し訳なさそうに謝るに雛森も清音もぶんぶんと首や手を振った。
「大丈夫ですよ!一人で帰れますから」
「そうですよ!これでもさんより席次が上なんですから!痴漢暴漢なんでも来い!ですよー」
「清音、お前も何気に酔ってんな。せめて半殺しでやめとけよ?それと席次のことは言うな。悲しくなってくる……」
勇ましい彼女らの言葉に苦笑しながらは「じゃあおやすみ」と言って月明かりの元、乱菊を軽々背負い別れを告げた。
その背を見えなくなるまで見送っていた雛森も「今日はどうもありがとうございました。では失礼しますね」と一見可愛い後輩の言葉で、しかしぺこりと下げた頭を上げたとき、一瞬勇音を強くその視線で捉えて、そうして自分の隊舎の方へ帰っていった。
後に残った虎徹姉妹はどちらともなく帰り道を歩き出した。
「今日の姉さんはいい感じだったわよ。この調子でこれからも頑張ってね!」
清音が姉に、向かって激励をするが、清音は空に浮かぶ少しだけ欠けた月を見ながらぽやっとしている。
髪に、の手の感触が残っているみたいで。
思い出して一人照れる勇音を清音は呆れた様子で見ている。
それぐらいで満足してどうするのよ、と。
それでもなんだか幸せそうだったから、まあいいか。
と姉を見上げたその先にある十六夜の月を目に映したのだった。
これってホントウは十五夜の次の日にアップしようと思ってたんですよね。
今はいつですか(……十五夜は九月です)
初々しい恋を勇音メインで。
しかし何気にハーレム状態?
完成日
2005/10/29