睡眠不足。
〜松本乱菊の場合〜
朝、起きたら自分の部屋に居た。
其れがなんなの、と聞かれても困るんだけど。
確か昨日は仕事終わった後に京楽隊長に誘われて飲みに行ったのよ。
で、いつものようにべろんべろんに酔っ払って帰ろうにも足腰立たないって状況に陥って。
行きつけの飲み屋のおっちゃんは慣れたもんで七緒とをいつものように迎えに呼んで。
そういやは山本総隊長に呼ばれてたっけ。
だからあたしも京楽隊長なんかの誘いに乗ったのよ。
ま、奢ってくれるからいいんだけど。
呼んだっては来ないわよー、とか思いながら飲み干したのはぬるくなった熱燗。
頭の中で覚えてるのはそこまで。
後はどうなったのか知らない。
だけど自分の部屋にいるってことは、ちゃんと帰って来れたんだろう。
「ふあ……あー頭重〜い…」
きちんと布団に寝ている。
なんだあたしもやれば出来るじゃない。
一人で帰って来れたんだわ。
……なんて、思うわけないじゃないの。
あたしの左手。
それがしっかりと掴んでいるのは、黒衣の袖の先。
寝てる間も片時も離さなかったその袖に腕を通しているのは、。
あたしが袖を離さなかったから、片膝ついて腕に顔を埋めて眠っている。
半分だけ窺える綺麗な造作の顔。
羨ましいったらない。
女のあたしより求婚された回数が多いっていうのはどうなの。
まあ大半が金だけは持ってる馬鹿貴族で、しかも男ばっかりなんだけど。
通った鼻筋、白い肌、黒髪は朝陽を浴びてきらきら耀いている。
目の前で見てる今でも信じられない。
こんなに綺麗な人がこの世界にいるなんて。
初めて逢った時の気持ちは今でも鮮明に、はっきりと思い出せる。
行き倒れてた所をギンに拾われて、連れていってもらったのがの家。
あの馬鹿みたいに広い家に、ひとりで住んでたのがだった。
ギンやあたしが来るまでは、ずっとひとりだったって。
信じられない。
あたしだってギンだって、ずっと一人だったけど。
それは生きるのに必死だったから。
誰かに構ってたら自分が命を落とす、そんな場所だったから。
だからに初めて逢ったときはものすごくムカついたのよ。
何の苦労もしないでただのうのうと生きてるだけ。
それなのに独りだと自分を憐れんでいるとんだお大尽だ、ってね。
でもそんな考えはすぐになくなった。
はあたしに帰る家をくれた。
『おかえり』
っていう言葉をくれた。
あたしやギンに初めて『家族』を教えてくれた。
あの家で暮らした期間はそんなに長くなかったけれど、それでも今もあの家はあたしの『家』だ。
死神になるって出て行ったギンを追いかけて、あたしも真央霊術院に入る時。
は少しだけ淋しそうに笑ったけど。
「いってらっしゃい」
って言ってくれた。
だから気付かなかったのかもしれない。
だってはいつも笑ってあたしの背中を押してくれるから。
いつだって優しいから。
だから気付かないフリをしたのかもしれない。
眠るを下から見上げて。
いつまでも変わらない彼の容姿に見惚れる。
いつまでも、いつまでも。
はこの姿のままだ。
あたしが小さかったあの頃から、大人になった今まで。
の外見はずっと変わらない。
「ねえ、もうすぐあたしを追い越しちゃうわよ?」
ぽつり、と出た言の葉は、水面に波紋を僅かに落とし。
何事も無かったかのようにまた静まり返る。
いつか追い抜いてしまうだろう。
ギンの身長がを抜いた時、僅かに感じた違和感、恐怖。
いつかあたしもギンも、を置いていくのだろうか。
「ねぇ、。いつまでひとりでいる気なの?ねえ……」
強く、の死覇装を引っ張れば。
当然の如く倒れこんできたの身体。
「いっ…てぇ〜………?あー?何だもう朝か……」
布団の上とはいえしたたかに打った頭をさすりながら、はようやく目を開けた。
「おはよ」
声をかければこっちを見上げて。
「乱菊おまえいいかげんにしろよ。大体なんでいっつも俺がおまえを迎えに行かなきゃなんないんだよ」
いきなり始まったお説教。
でもそんなの聞きたくないのよ。
「お・は・よ!」
一音一音、わざとはっきりと発音してやれば。
ぐっと詰まった挙句、「おはよう」と返ってきた。
その後大きく欠伸をしたけれど。
そのままごろんと布団の上に本格的に寝転がったを不思議そうに見下ろせば。
「眠いんだよ。今日は有給休暇」
面倒くさそうに言われて、可笑しくなった。
たった今「おはよう」って言ったばかりじゃないの。
「おまえの所為だ、酒乱菊め」
ほとんど寝息に変わりそうなその声に、ムカついて頬をつねったけど。
一度睡眠体勢に入ったは中々起きない。
「しょうがないから乱菊さんのお布団を貸してあげるわ。感謝しなさいよ」
言って、小さく零れた笑みと。
ありがとう、の言葉。
本当は感謝してるんです。
完成日
2005/12/04