「あれ、さん?」 「ん?はいー?」 十番隊へと続く廊下で恋次は十三番隊の八席の姿を認める。思わず声をかければ、相手は気の抜けた返事と共にくるりと振り返った。 「おー恋次じゃないの。何?鍛錬にでも行くの?」 木刀を担いだ恋次を桔梗色の目を細めて見ながらは微笑う。いつもながらにその整った顔で微笑まれて、恋次は思わず顔を赤くした。 「はい、ちょっと一角さんに相手してもらおうかと」 「そりゃー面白そうだな。俺もこのおつかい済んだらちょっと覘きに行っていい?」 「えっ!はい、そりゃあ勿論!」 自隊の上官以外でほとんど唯一その実力を認め、尊敬と憧憬を抱く相手のその言葉に、恋次は音速で首を縦に振った。その効果かどうかは知れないが、ふとあることを思い出して恋次は自分より低い身長のを見下ろした。 「あれ?そういやさん、さっき十二番隊にいませんでしたか?」 「は?」 「えっと、市丸隊長におんぶされて出てきた気が」 するんスけど。 と恋次が言い終わる前に、の姿はそこになかった。後に残されたのはつむじ風。 「あれ……?」 首を傾げた恋次はしばらくその場に立ち尽くし、その後一角に「遅ぇ!!」と怒鳴られた。 だだだっと足音高く十二番隊、技術開発局の建物に辿り着いたは、その勢いのまま扉を開け放つ。その衝撃で、大きく『十二』と書かれた重い扉は派手な音を立てて外れた。だが中にいた十二番隊副隊長涅ネムは眉一つ動かさずに来客を出迎える。 「こんにちは様」 「ネムちゃん!君の素敵なパパはどこっ!?」 「マユリ様は現在実験中です」 「会わせて頂戴!とても重要尚且つ迅速に話し合わなきゃなんない事があるのっ」 「マユリ様は御自分の研究を邪魔されるのがお好きではありません」 「そんなこと言ってる場合じゃないって!俺の人権かかってるんだから!!」 隊舎の入り口で大騒ぎするに、何事かと隊員や開発局員が集まってくる。常頃、この隊は人が少ない。足を踏み入れたら最期。生きて出られはしない、と噂される技術開発局だ。どうしても必要で仕方ない時にだけ、嫌々ながらも訪れる。そういった者達が護廷十三隊ではほとんどなので、のように自ら飛び込んで来る者は大変珍しい。そのが来ているのだ。普段なら誰が来ようと無関心で、研究室から顔も出さないのに、今はちょっとした人だかりが隊舎入り口に出来ている。そしてそんな騒ぎを隊長である涅マユリが見逃すはずもなく。 「何事かネ!?五月蝿くて実験に集中できないヨ!」 奥の部屋から現れた局長の姿に隊員達は慌てて左右に分かれる。それを当然と受け止めて歩を進めた涅は、その先に自分の娘の姿と、さらにその向こうに黒髪のよく見知った相手を見つける。 「マユちゃん!」 が気付いて声をあげると、その場に変な沈黙が流れた。客人である十三番隊八席の誰とでも分け隔てなくざっくばらんに付き合う性質を判ってはいる。それは多くの場合好ましい事である。しかし自分の隊の隊長を、あの『涅マユリ』を“マユちゃん”と親しげに呼ぶのだけはどうかと思う、というのが十二番隊に属する彼らの正直な感想だ。 「かネ!?今日はいったい何の用だイ!私は忙しいんだよ!!」 奥の部屋から現れた局長の姿に隊員たちは慌てて左右に分かれる。それを当然と受け止めて歩みを進めた涅は、その先に自分の娘の姿と、さらにその向こうに黒髪のよく見知った相手を見つける。 「マユちゃん俺が定期メンテナンスに出してた義骸どうしたの!?」 「義骸?あア、それならもう検査は終わっているヨ。引き取りに来たのかネ?」 「あ、あるんだ……良かったぁ。俺はまたギンの野郎に持っていかれたかと」 ほっと息をついて、胸を撫で下ろしただったが。 「何ダ。知っていたのかネ。その通りだヨ。義骸は市丸が持っていったヨ」 その瞬間、安堵の表情のまま美しい容姿の青年は固まった。名のある芸術家ならばこのまま彫像に留めおきたいと思うほどの完璧な微笑の口元が、僅かだが震え始める。 「なんでっ!?なんでギンに渡しちゃうんだよっ!!」 「うるさいネ。ここはただでさえ狭いんだヨ。おまえの義骸を置いておく場所なんてないんだヨ」 局長のその言葉に技術開発局の局員達は「でもさんの義骸なら部屋に置いてもいいかもしれない」などと考えていたりしたが、当人達には知る由もない。 「うわーんマユちゃんのバカーっ!俺の義骸がギンの手に渡っていいことなんかひとつもないんだぞ!?」 涅の襟を両腕で引っ張りながらはぼとぼとと涙とか鼻水とかを垂れ流す。しかし普通の容姿の人間がやれば不快な絵面も、の場合まったく不快に感じられないから不思議だ。むしろ女性局員の中には庇護欲といった母性本能をくすぐられている者さえいる始末。ハンカチとかティッシュとかを手に握りしめ「さんのお顔を拭いてあげたい!だけど局長怖い……!!」と涙ながらに悔しがる女性局員達。そんな彼女達を無視して涅は煩わしそうに顔をしかめ、傍に控え立つネムにをつまみ出すように指示する。 「マユちゃんのばかぁ!!何とかしてよ責任とってよどうにかしてギンの野郎から俺の義骸取り返してきてよっ」 「本当にうるさいネ。ネム、早くこの騒音の原因をどこか遠くへやってしまエ」 「はい、マユリ様。様、失礼します」 「酷いっ!俺とマユちゃんの友情ってこんななもんだったのかよ!?」 見た目よりもかなり力の強いネムに引きずられながらも声高に喚くだが、涅はすでに背を向けていた。 「うっうっ……ギンの阿呆から義骸が無事に返って来たことなんてないんだぞ……あいつ何に使ってんのか知らないけどいっつも人の義骸盗もうとしやがって……」 涙に明け暮れるをさすがに不憫に思ったのか、技術開発局員である阿近が思わず声をかける。 「元気出せ。新しい義骸なら俺が作ってやるよ。半額でどうだ?」 「優しいのね、阿近……って商売してんじゃねーっ!!」 「様。マユリ様の研究の邪魔になりますので隊舎内ではお静かに」 「何だよ。お友達価格で特別に五割も引いてやってんだぞ。おまえの型は他より時間かかるんだよ。必要経費だ」 「まあ商魂逞しい、じゃない!!つうか俺の義骸は盗まれたの!預かってたおまえ等に原因あるんじゃないのかよっ」 「市丸隊長は自分が様にお渡しすると言っておられましたが」 「そんなに言うならここで喚いてねーで取り返しに行ったらいいんじゃねーの?」 三つ巴のそれぞれ矛先のずれた会話を一通り巡らした後、阿近の一言にはぴたり、と泣くのをやめた。浮かぶのは不敵な笑み。口元を吊り上げ、悪魔のような、しかしやはり絵になるほど美しい顔で嗤う。 「そうか……そうだよなぁ。自分で取り返したらいいんだよなぁ……」 うふふふふ、と不気味な笑い声を漏らす彼に十二番隊の隊員は引き攣り笑いを零す。 「待ってやがれギン!ぜってー泣かすっ!」 大声で宣言し、瞬歩でその場を去った彼の残像にネムは淡々と、 「様、お静かにお願いします……」 と告げていた。 ちょっとだけ続きがあるんです。どうでもいい感じに阿呆くさい続きが。 とりあえず主人公と十二番隊の面々はこんな感じ、ということで。 完成日 2006/04/09 |