御挨拶 御来訪ありがとうございます。 のらりくらりと始めた拙サイト、ありがたくも五万打を迎えることとなりました。 これもいらしてくださる皆々様のおかげでございます。ありがとうございます。 先年の秋より半年以上も都合によりサイトの更新を控えさせていただいておりましたが、その間に迎えてしまうとは恐縮です。 いろんな方々に心配やご迷惑をおかけしましたが、めでたくも春からの進路を手に入れました。 残りの学生生活はサイトの更新を目一杯頑張っていきたいと思います。 どうぞこれからもよろしくお願いいたします。 できそこないの月 管理人 みかさ 葉月末日 Fiorita 01 呪術 02 生贄 03 水晶 04 魔性 05 永遠 01 呪術 「呪の有効期限はどれくらいだと思う?」 とある夏の昼下がり。万屋懐古堂の主は歳若い魔法使いの卵たちに問いかける。黄色い向日葵が垣根代わりに群生する庭。開け放たれた室内は暑い。冷えた麦茶を飲みながら、とは同時に首を傾げた。黒地に紅色の薔薇が染め抜かれた浴衣姿の店の主、蓮は座卓の上で頬杖をつきながらにこりと微笑んだ。 「人の想いはどこまで続くと思う?」 それはなぞかけ。解いてほしいけれど、解いてほしくない。知ってほしいけれど、まだ知らずにいてほしい。曖昧な、どっちつかずの願いが込められたなぞかけ。 言葉の額面どおりに受け取った少女は、黒髪をさらりと揺らして真剣に悩みだす。金茶の髪の少年は、賢しい部分を前面に押し出して、蓮の真意を探ろうとする。どちらも魔法使いとして充分な素質を持っている。言霊を追いかけて答えに辿り着くのも、その裏の真実を追い求めるのも、魔法使いとして正しい姿だ。 「わかんないよー。何かヒントちょうだい、蓮さん」 「あらぁ、もう降参?には難しすぎたかしらね」 「呪の有効期限って呪った本人が満足するまでなんじゃ」 「ぶー。不正解。でもまあ、模範解答よね」 の答えにうふふ、と蓮は笑う。むうと頬を膨らませる二人に彼女の笑いはますます深まる。子供の素直な反応が楽しくって仕方がない。いつまでも笑いを止められない彼女に、もも益々機嫌を損ねていく。 「蓮さんずるい。またそうやって俺達の反応楽しんでるだろう」 「えーひっどーい」 「ごめんなさいねーももとっても予想通りのことしてくれちゃうから」 眦に涙が浮かぶほど笑って、ようやく満足したらしい蓮は、目の前の不満顔二つに懐かしそうに目を細めた。 「ちょっとだけ懐かしい話を聞いてくれる?あんたたちが生まれるちょっとだけ昔、今日みたいにすごくすごーく暑い夏の日のお話」 紅い唇を艶かしく吊り上げて、時守の魔女は昔語りを始める。それは懐かしい思い出に出逢うための呪術。時を越えて届く、『彼女』の願い。 ▲ 02 生贄 蓮の話を聞いているうちにそれが魔法だと気付いたが時既に遅し。そもそも気付いたところで、いくら魔法使いといえど、子供の自分が時守の魔女に適うわけがないのだ。仕方なく身を任せ、放り出された先は一軒の家の前。緑が濃くて、陽射しがきつくて、空が高い。土のにおいが心地良い。そんな場所に建つ赤煉瓦のこじんまりした小さな家の前だった。透明度の低い、厚いガラスに覆われた窓の向こうでは、目立つ赤毛がちらちらと動く。それとなく目で追っていると、耳に届いたのはきゃはきゃはと嬉しそうに騒ぐ赤ん坊の笑い声。見回すと家の前庭、芝生の上でくしゃくしゃの黒髪をした小さな小さな赤ん坊が庭小人を追いかけている。よちよちと危なっかしげに庭小人を追いかけて、産着を泥だらけにしている赤子。庭小人もいくら相手が赤ん坊とはいえ逃げるのに必死だ。捕まえられそうになった一匹の庭小人が赤ん坊の柔らかな指先に噛み付こうとしているのに気付き、慌てて飛び出して赤ん坊を抱き上げる。 「あっちへ行けっ」 靴の先で庭小人を蹴っ飛ばして、何が起こったのか分からずにきょとんとしている赤ん坊を覗き込む。緑色の瞳を大きく見開いていた赤ん坊だが、やがて火がついたように泣き出した。 「うわ、うわ、ちょ、泣き止めって!」 突然腕の中で大泣きを始める赤ん坊。自分が泣かしたわけじゃない。だけど何だか心地が悪い。腕に抱いた赤ん坊はなんだかふにゃふにゃしていて、顔を真っ赤にして泣くことに全てのエネルギーを注いでいるかのようだ。この世に生を受けてまだ十年とちょっとしかない自分に、赤ん坊のあやしかたなど分かるはずもない。そうこうしている内に家の中から泣き声を聞きつけた母親が飛び出してきた。 「ハリー!どうしたの!?」 「ハリーだって!?」 飛び出してきた母親が呼んだ名前に吃驚していると、彼女に腕の中の赤ん坊をひったくるように取られてしまった。赤ん坊は、ハリーと呼ばれたその小さなふにゃふにゃした赤子は母親の服を握りしめ、ひたすらに泣いている。そんな赤ん坊に少女のようにさえ見える若い母親は、優しく話しかけ、あやしていく。若くとも母である事に変わりはないのだ。みるみる泣き止んでいく赤ん坊にほっと息をつきつつ、自分に視線が向けられていることに気付いて冷や汗が背を流れる。 「あなた、見ない顔ね。この辺りの人じゃないの?」 「あー、いや、えっと……」 二対の緑玉に見つめられて口篭る。 「ちょっと魔法が」 「失敗したの?姿現しはまだあなたには早いように思うけれど」 本当は魔法をかけられたのだが、そんな経緯を言うのも面倒だ。第一、時空を超える魔法など信じてもらえる訳がない。ここは『過去』だ。ハリーと呼ばれた赤ん坊をよくよく見れば、なるほど確かに自分が知っている少年の面影がある。 「それにしてもウチの子を泣かすなんて」 先ほどは都合よく勘違いをしてくれたようだが、今度はそうはいかなかったようだ。目の前で仁王立ちする女性は母親の目をしていた。自分の子供を何があっても守り抜く覚悟をした眸だ。強く射られてしまい、思わず身が竦む。 「あっ、だー」 蛇に睨まれた蛙状態、それを救ったのは以外にも先ほどまで大泣きしていたハリーだった。小さくてほやほやな手を懸命にこちらへ伸ばしてくる。戸惑いながらも同じように手を伸ばすと、人差し指をきゅっと握られ、にこりと満面の笑顔を向けられた。 「あら。ハリー、まあ……」 「あの、この子さっき庭小人に噛まれそうになってて」 「ええ?やだわ、わたしったら。早とちりしちゃったのかしら。ごめんなさいね」 「いえ。泣かせてしまったことにかわりはありませんから」 「本当にごめんなさいね。ハリー、このお兄ちゃんが助けてくれたのね。良かったわね」 母親に抱かれてきゃらきゃらと笑い声を上げるハリー。幸せな親子が其処にはいた。自分の知るハリーは、幼すぎて両親との思い出をほとんど覚えていないと言っていたが。彼はこんなにも愛されている。 「あの、俺そろそろ行きますね」 眩しいものを見たかのように目を細める。 「大丈夫?一人で帰れるかしら。ねえ、もう少ししたらウチの人が帰ってくるから送ってあげられるわ」 「平気です。じゃあ、……またなハリー」 一瞬何を別れの言葉にしようか考え込んで。逡巡の末に出たソレに母親が首を傾げているが、構わずに歩き出す。 「あ、ねえ!名前!あなたの名前は?」 呼び止められて、迷う。名を告げていいものかどうか。しかし結局は振り返って「」と告げていた。 「、ハリーを助けてくれてありがとう」 優しい、笑顔で彼女は見送ってくれた。村を抜ける一本道を歩いていると、一人の男とすれ違う。くしゃくしゃの黒髪と、眼鏡。瞳の色は違ったけれど、それが誰であるか間違うことはなかった。あまりにも似すぎている容姿に戦慄さえ覚える。いつだったか、一族の中の誰かが言っていた。「同じカタチを持つモノは、それだけで強い力を生み出す」と。 「相似の者は引き合う……ああ、そうか。“贄”か」 倖せな家へと帰る、青年の後姿を立ち止まって振り返る。夕陽に照らされるその背。奪われる、しあわせと云う名の至福の魔術。ため息を一つ、つけばの姿はもう夕陽に溶けてしまっていた。 ▲ 03 水晶 何してんだ。置いてくぞ。 手を引かれた。戸惑うにはお構いなしに、相手はずんずん進む。見上げた黒髪は艶やかで、繋がれた手は骨の感触が顕著にある男の人の手だった。 には彼が誰であるかが分からない。本当ならついさっきまで、蓮さんの話を聞いていたはずだ。それがいつの間にか、気付いたら彼に手を引かれていた。 だ、誰? 問い掛けの言葉は途中でかき消えた。代わりにくちびるが紡いだのは、星の名前。 シリウスー すると、彼は嬉しそうに笑って振り返った。灰色の瞳がきらきらと輝いていて、とても綺麗だ。その色を、笑顔を目にした瞬間、どうしてだか胸が苦しくなった。 もうみんな待ってるぞ。ったく、お前はいっつもこうだな。 注意する口調のはずなのに、彼はちっとも怒っていない。声が笑っている。とても楽しそうに。とても嬉しそうに。コンパスの違いから半ば走るように彼の後についていく。やがて現れた大きな扉。立ち止まったシリウスが振り返り、真鍮の取っ手を引き、恭しく頭を下げる。 どうぞ、お嬢様? 態度は殊勝なのに、全体から滲み出るふざけた雰囲気がなんだがとても可笑しくて。いつの間にか笑っていた。促されて入った、扉の向こうには数人の男女がこちらへ手を振っていた。 遅いよシリウスー 知るか。こいつが廊下の真ん中に落ちてなかったらもっと早く来れたんだよ。 何もしなかったでしょうね? 明日の朝日を拝みたいなら素直に吐き出した方が身の為だよ? ちょ、待て!んなことするわけないだろ!おまえら目がマジだぞ!? あはは。僕らの可愛い妹に手を出すんだから、それなりの覚悟が必要だよね。 きらきら。 陽の光を反射して煌めく水晶のように、彼らの一瞬一瞬が輝いて見えた。胸の内に浮かび上がる既視感と、懐かしさに締め付けられる心。彼らの笑顔を見る度に、泣きそうになるのはどうして? リリー あら、なあに? 彼らの内に当たり前のように入って笑う自分を客観的に見ているもう一人の、自分。いや、其処で笑っているのは本当にワタシ?自分の身体であるはずなのに。自分自身である実感が全く無い。混乱する。意思とは関係なく口から零れる彼らの名も、湧き出るあたたかな感情も、自分を惑わせる。 じゃあ行くか。 そうだね。 ほら、と伸ばされた手。躊躇する精神とは反対に、身体は実に素直にそれに自らを委ねた。 行こう、! 呼ばれた名は、のものではなかった。好転するはずの運命が、不自然に歪む。 ▲ 04 魔性 マズイマズイマズイ。 は身の縮む思いでその場に鎮座していた。そりゃあお尻の下の別珍張りのソファはふかふかでやわらかいけど。出された紅茶は芳しい香りと深みのある味でうっとりするけど。更に言えば両隣を美人姉妹にがっちり固められてて「わーお俺ってばモッテモテ〜」とかふざけてみたりしたいけど!でもこの状況でそれは許されなかった。 「シシー」 「何かしら、ベラ」 名前を呼び合った美人姉妹。だがその音に美しき姉妹愛など微塵も含まれていない。刺々しい姉の声と、受ける妹の凍りつきそうな冷たい聞き返し方。うわあ、とか思ったけど気合で黙っておいた。背中を嫌な感じの汗が流れていったけど。 「もう一度聞くわ」 「何度聞かれても同じよ」 きゃー、と心の奥底で悲鳴をあげた。怖くて右も左も向けないが、恐らく両隣の黒髪美人と、白金髪美人はお互いの態度に顔を引き攣らせているに違いない。そういやこの二人、ベラトリックスとナルシッサは一応親戚なんだよなー、とはふと思いつく。血は繋がっていないけれど、母方の親類であることに違いはない。自分の母親がドラコの父親と兄妹で、そのドラコの父親の奥方が現在左隣に座しているナルシッサ。白金色の長い髪をうなじの上で結い上げて、首元まできっちりと締めた肌の露出が少ないドレスは深い蒼。フリルやリボンなどの装飾は少ないが、使われている布はかなり上等なものだ。そのナルシッサの姉であるのがの右隣で不機嫌そうに足を組んでいるベラトリックス。こちらは妹とは逆に黒曜石のように艶のある黒髪をしている。胸元を大胆に開けた髪色と同じ色のドレスは、スリットも深く入っていて形の良いふくらはぎも瑞々しい太腿も丸見えだ。自身のプロポーションに相当自信をもっていないととても着られるような衣裳じゃない。 二人が何を争っているのか、には皆目検討もつかない。察したくもない。そしてどうしてこの二人に挟まれているのかも。夕陽に向って歩いていたはずの彼の身体は、気付けばこの位置に収まっていたのだ。どう考えたって不自然な状況のはずなのに、言い争いを続ける二人の女性には気にならないらしい。 「私の言う事を聞きなさい、ナルシッサ」 「嫌だ、と言っているのが分からないの?ベラトリックス」 「あのー」 もう何十分も。同じような言葉の応酬が続いていて、しかもお互い一歩も譲らないからいつまで経っても平行線を辿る不毛な争いに、ついに痺れを切らした少年の声が混ざる。その途端、金茶の髪のてっぺんに落ちてくる二組の視線。ああーやりづらーいー。思っても顔には出さない。 「僕、お邪魔のようなので失礼します、ねェっ!?」 できるだけ穏便に。これ以上刺激しないように。言ったつもりだったのだが、言い終わるか否やの内に立ち上がろうとした身体は見事にソファに引き戻された。両側から引っ張るほっそりした二人分の手によって。 「あらいいじゃないの。もう少しゆっくりしていきなさい」 「そうよ。紅茶のおかわりいるかしら?クッキーは?ケーキが好きなら屋敷しもべに持ってこさせるけれど」 待遇は至れり尽くせりなのだ。何せ紅茶は美味しいし、お茶請けのお菓子も美味だ。なのに。 「ねえ、そういえばまだ名前を聞いていなかったわね」 「そういえばそうね。私はナルシッサ、彼女はベラトリックスよ」 「……、です……」 美人は好きだ。女性も好きだ。なのにこの惹き付けられる様な馨しい魅力の二人に囲まれた状況を素直に喜べない理由は。その理由は。 「そう。というの。いい名ね」 「綴りはどう書くのかしら」 紅を刷いた形のよい唇が三日月に吊りあがる。小首を傾げた拍子に白く細い首筋が絶妙の角度になる。たぶん、多分そこいらの男が見たら何もかも、地位も体面も忘れて彼女達の虜になるだろう。そんな美貌の二人。 「で」 「あなたは」 両頬に突き刺さるような視線を感じる。作り笑いも引き攣りそうだ。そんなの耳元で、美女二人は甘く毒を流し込むように囁く。 「「どちらの味方なのかしら?」」 その争いの焦点が、彼女達の容姿に対するコンプレックスだなんて。豊満なベラトリックスか、スレンダーなナルシッサか。どちらがより男性の目に魅力的に映るのか、ということだなんて。あーあ、くっだらない。俺ってホントに不幸ー。喉元まで出かけた本音を飲み込みながら、は疲れた笑みを浮かべるのだった。 「(そんなことはアンタらの将来の旦那にでも聞いてくれ!)」 思っても、口には出さない。 ▲ 05 永遠 壊れた心を抱いて彷徨う。自分じゃない、他の誰かの名前で『ワタシ』を呼ばれた。の心は混乱で爆発しそうだ。そしてとても哀しくって、悲しくて。ぼろぼろと零れ落ちる涙を拭きもせず、立ちすくむ。 「どうしたの」 誰かが優しく聞いてくる。 「泣いているの?」 繊細な指が髪を撫でている。 「カナシイ事があったの?」 耳に届く声は心地良い。初めて聞く声なのに、不思議と耳に馴染んでいる。目の前の白いシャツ。縋りつくように倒れこんできたを、“彼”は優しく受け止める。衣服から薫る香りは、とても懐かしくて、愛おしくて。どうして今まで忘れていられたのだろう、と不思議に思った。 「泣かないで」 一定のリズムを保ちながら撫でられる。誰かにこういう風に撫でられるなんて。今まではそれは父さんだけだったのに。だが嫌悪感はない。いつの間にか止まった涙。気持ちがよくてゆっくりと目を閉じると、瞼に少しだけかさついたあたたかい温度が触れた。それが唇だと知れたのは、いつか、此処ではない場所で同じ経験をしていたから。記憶に残っていなくても、心が憶えている。知っている、と。魂が静かに震える。 「だいじょうぶ、大丈夫だよ」 乾いた唇が湿った眦に触れる。水分を奪ってゆく。いつしか雨のように降りそそぐくちづけは、頬に、鼻の頭に、こめかみに、口の端に。そうして最後に額へと。いとおしい温度が離れていくと同時に、閉じていた瞳を開ける。眼前にあったのは、鮮烈な紅。血のように紅い瞳が、その色の持つ狂気をまるで感じさせないほど穏やかにを見下ろしていた。 「君の、よく知っている人物だよ」 アナタは誰? 問うように見上げるに先駆けて彼は答える。長く伸びた前髪。その黒の下から覗く紅玉を淋しそうに細めて。どうしてそんな風に哀しい顔をするのだろう。もしかして、自分が持っていた哀しみを彼に移してしまったのではないのだろうか。不安に駆られるに少しだけ微笑んだ少年は、ゆっくりとその手での視界を覆う。 「いつか。僕を想い出せる日が来るから。だから、それまでは」 目の前を遮られ、の意識が急激にその場から遠ざかる。眠くなるような、ふわふわとした感覚に包まれながら彼女は必死に彼の影を掴もうとする。霧がかったように霞むぼやけた視界、その向こうで彼は確かに微笑った。 「忘れていてもいいから」 「おはよう」 目覚めると、其処は元の場所、蓮の屋敷の居間だった。畳のにおいがかすかにしている。どうやら本当に帰ってきたらしい。起き上がると時守の魔女はにこにこと微笑んでいた。午睡から覚めたときのようにぼんやりとした思考でその場を見回すと、隣で寝ていたが呻き声を上げながら起き上がった。 「どうだった?」 座卓の上で手を組んで、その上に顎を乗せて、蓮が問う。 「……あー、もう最悪だよ。なんつう悪夢見せてくれるんだよー」 ぶつぶつと文句を言うに蓮は軽く目を見開いて、あらぁ、と感嘆ともつかない息を吐き出した。 「は?どうだったのかしら」 「……………え、あたし?」 自分に質問が向けられて、初めて気付いたかのように吃驚して瞬くに蓮は刹那、表情を曇らせる。 「なんだよ。まさかぐっすり熟睡してて覚えてないとか言うんじゃないだろうな」 自身は悪夢とも言える経験―特に二つ目、アレはまごう事なき悪夢だ―をさせられたがずるい、と唇を尖らせる。その従兄の反応に曖昧に頷いて、は静かに目を伏せる。額に、まだあの熱が残っているような気がして。そっと這わせた指先を、夕暮れの風がさらりと撫ぜていった。 ▲ 完成日 2006/08/30 |