兄妹みたいな
いつもなら必ずと言っていいほど毎回出される呪文学の宿題はその日は珍しく出なかった。
グリフィンドールの生徒達はみんなほっとして寮に戻ってくる。
週末に向けて他の教科でも山ほど宿題を抱えていたため、それでも彼らは談話室で教科書や羊皮紙の束と向かい合わねばならないのだが。
「あーあ、面倒だな」
暖炉の前という絶好の位置に陣取った悪戯仕掛人達は、テーブルの上に教科書やついさっき図書館で借りてきた参考資料を積み上げながら自室に荷物を置きに行ったリリーとが戻ってくるのを待った。
かったるそうに宿題を面倒だと言ったシリウスをピーターが少し恨めしそうな顔で見る。
「シリウスはいいじゃないか。ちょっと本気になればすぐに出来ちゃうんだもの」
「おまえは要領悪いだけだろ。ちゃんとすれば週末に新しい仕掛けを作る時間ぐらいできる」
頬杖をつきほとんど真っ白な薬草学のノートをめくりながらシリウスはそう言い、リーマスの方を見て「なぁノート貸してくんない?」と言ってみるが。
「僕はシリウスにはノートを貸さない主義なの。ジェームズかに頼んでみたら?あぁ。リリーに言ってみるのもいいね」
爽やかに言い切られ、シリウスはむっとしてリーマスを睨む。
「リリーに言ったらマグゴナガルより激しい説教が待ってるだけだし、のノートは日本語で読めねぇし。ジェームズに至っては既に人類の規格から外れてるから無理」
「最後のはノートとは関係ない気がするんだけど」
リーマスが言えば、ジェームズが切なく微笑みながらシリウスを見る。
「シリウス、君が僕を日頃どういう目で見ているのかよく分かったよ」
などと言っている内にリリーとがそれぞれ腕に課題を抱えてやってきた。
「おまたせ。さあ、はじめましょうか」
「よーっし、それじゃやるか」
肩を鳴らすシリウスのはすむかいに座っているジェームズが席を一人分詰める。
空いたところにがとてとてと歩いてきて、すとんと納まるのを見届けてからリリーも彼女の向かい側に座った。
「何からはじめる?」
聞くジェームズに答えるのはシリウスで。
「そりゃ、やっぱり俺らの大好きな魔法薬学のレポートからだろう」
「この間の実験結果を基に改良した薬の調合法を羊皮紙二メートル分も書けだなんて。僕にとっては拷問に近いよ」
自分のノートを取り出しながらリーマスが溜息をつく。
彼と同じく魔法薬学をあまり得意としないピーターもインク瓶の蓋を開けながら弱々しく笑う。
「ぼ、僕も自信ないや……」
「大丈夫よ。その為にみんなで一緒に取り組むんでしょう」
軽く落ち込む二人をリリーが元気付ける。
「そーそー。ここには首席もいるんだし辞書代わりに使ってやれ」
羊皮紙に課題の題名を書き込みながらシリウスが言う。
何だかんだと軽口を言い合いながらも六人は次第に真剣になり、いつの間にか喋ることも忘れて課題に取り組んだ。
ジェームズはくい、と自分のローブの右袖が引っ張られるのを感じた。
「何?」
羽ペンを動かす手を止めて、右隣の少女を見る。
ジェームズの羊皮紙の上をするりと細い指先が滑り、とん、と一点を叩いた。
「ここ」
「え?でもここは蛙の肝であっているはずだよ」
自分の書いたレポートの前後をざっと読み返し、「うん、合ってる」とうなずく。
「間違ってるんじゃなくて。んーと……これは後で蝙蝠の羽を加えることになるから蛙の肝じゃないほうがいいと思うよ」
ほら、とは自分の書いたレポートをジェームズに見せる。
「どれどれ……」
ジェームズはの方に傾きながら彼女の書いたレポートを読み始める。
自然と二人の距離は縮まり、さらにジェームズが近眼なので必要以上にが持つ羊皮紙に顔を近づけることとなる。
そんな様子をシリウスはジト目で眺めていた。
「シリウス手が止まっているよ」
顔を上げずにリーマスが言うが返事が返ってこない。
しばらくしてぼそりと「なぁ、アレすごいムカつくんだけど」と、不満げな声が返ってきたのでリーマスはようやく顔をシリウスの方に向け、
彼が黒髪に映える灰色の瞳をすがめて見ている方向へ視線を移す。
そこにはほとんどキスしそうな距離で図書館から借りた魔法薬学の資料に見入っているとジェームズの姿があった。
リーマスは「ふぅん……」と半眼になって軽く息を吐いただけでまた自分の羽ペンをインクにつけた。
「そんだけかよ」
何が面白くないのか、シリウスが今度はリーマスを睨んできた。
「それだけだよ。他に何があるっていうの」
「もっとこう、色々なんかあるだろ」
「別に。そんなことより早く書いたら?」
冷たくはねつけられてシリウスは面白くない。
リーマスが自分と同じ感情を抱いていることを知っているから余計に腹が立つ。
いや、腹が立つはずなのにその様子を微塵も見せないリーマスに腹が立つのかもしれない。
自分ばかり焦っているようで、余裕が無いようで嫌なのだ。
「あのね、シリウス。僕だって嬉しくはないんだよ」
羊皮紙に丁寧に文字を書き入れながらリーマスが口を開く。
言葉の意味を掴み損ねたシリウスは黙って続きを待つ。
「でも良く見てみれば分かるけど、僕はジェームズみたいになろうとか、なりたいとか思わないから」
首をかしげてみせる黒髪の美丈夫な親友には構わずに、小声でさらに話し続ける。
「あの“位置”はとても近いけど、僕が望んでる場所じゃない。君も僕と同じならきっとそうだと思うよ」
抽象的な単語の羅列にシリウスは余計に首をかしげている。
リーマスは小さく息をついて「まぁ、嫉妬はするしムカつくことに変わりはないんだけどね」と付け足した。
あまりにも二人が長い間こそこそと話し続けるものだから、課題に半ば涙目になって取り組んでいるピーターの向こう側からリリーがちらりとこちらに視線を寄越してきた。
「ふぅん……?」
シリウスはそれでも同じ本を覗き込んで、何やら指差して笑っているとジェームズを見てムカムカする気分を味わう。
そんな彼の様子にリーマスはこっそり「修行が足りないね」とか思ってみたりした。
だってどう考えたってジェームズがになびく筈がないじゃないか。
あれだけしつこく追いかけていたリリーをようやく手に入れたんだから、彼が手放すわけがない。
それに。
「ジェームズの目を見ればわかるよ。アレは“お兄ちゃん”の顔だもの」
大きな音を立てて、時々ペン先を紙に引っ掛けながら苛々と課題を続けるシリウスには聞こえないように呟く。
鳶色の髪をかきあげながら「そんなのにはなりたくないしね」とリーマスは心の隅で思いつつも隣のジェームズに密かに殺気を送っておいた。
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完成日
2004/11/27