「ジェームズっ!?何でこないなとこにってああ、いやジェームズが生きとるわけあらへん。そやけどこの顔はジェームズの顔…阿呆なんだかよぅ切れる奴なんやか判別不可能に見えてやっぱり阿呆なことばっかやっとったジェームズ、でも首席。の顔に」
キョウは低い位置にある少年の顔を両手ではさみ、ぐりんと音がするほど強引に右へ左へと向けさせる。
突然のことに驚きすぎて言葉も出ないのか、くしゃくしゃの黒髪に眼鏡の男の子はされるがままだ。
時たま、ごきっ、とか、ばきっ、とか。
有り得ない音が聞こえてくるが、も只唯、呆気に取られて本日の保護者の御乱心を眺めている。
「もしかして成仏しとらんのかっ!?そないにこの世に未練があるんかっ!?実はリリーにちっとも全然これっぽっちも全く愛されてへんかったとか、 そんなこと思ってるんやないやろな!?あああ、もう、神様仏様閻魔大王様小野篁はん、世界の平和つうか俺の心の平穏の為にコイツを早うあの世へ連れていったってください」
遂には自分に向かって一心不乱に拝みだしたキョウを見て、男の子は益々困った顔をする。
その顔をじっと眺めていたは唐突に閃き、ぽんと両手を叩いた。
「思い出した。あの子蓮さんの店にあった写真の中にいた!」
その場に高く響いた少女の声に、今度こそ黒髪眼鏡の男の子はびくり、と肩を震わせたのだった。



そっくり。



「どうする、念仏唱えたかて俺仏教徒やないし、こういうんは保雅の専門やしあーとりあえずはやらんよりマシか」
懐から小粒のよく磨かれた珠が連なった、腕輪より二回りほど大きな輪を取り出してよく聞き取れない訳の判らない文言を唱え始めた亜麻色の髪の青年。
「ほら、よく蓮さんが見せてくれたアルバムの中にいたじゃない」
「あー言われてみればそうだ。しっかしよく思い出せたな。やっぱお前記憶力だけはすごいわ」
「へへへー」
「遠まわしにけなされてることに気付かないし。ホントに可愛い奴だな」
子供二人は勝手に納得して勝手に笑い合ってる。
かわいそうなのはキョウに拝まれている男の子だ。
初めてやってきた魔法界で、よもやこんな事態になるとは夢にも思わなかっただろう。
ついさっきまでは希望に胸を膨らませていたのだが、今では逆に行きたくないような気さえしてきている。
それでも彼が今現在の養い先に戻るよりはマシだとすぐに考え直すだろうが。
「ハ、ハグリッド」
やっとのことで男の子は自分の側にいた大男を見上げて助けを求めた。
髭もじゃの大きな男はちょっぴり青褪めた顔で一心に祈り続けるキョウにようやく話しかけた。
「あー、キョウ。ようく聞け。こいつはジェームズじゃねえ」
「何やて?」
大きな手がキョウの一見すると華奢な肩に乗せられると、亜麻色の髪の青年は今初めてハグリッドに気付いた。
「ハグリッドやないか。久しぶりやなぁ。元気にしとった?」
「ああ、元気だ。で、この子だが」
キョウの前で所在無さげに立っている黒髪の男の子の背を押すと、ハグリッドは少しだけ笑った。
「ハリーだよ。ジェームズと、リリーの、ほれ、息子だ」
二人の名を出すとき、ハグリッドは何かを堪えるようにわざとゆっくりと、一つ一つ丁寧に区切って言葉にしていた。
ハグリッドの話を聞いて、キョウはようやく「ああ」と納得したようにハリーを見下ろした。
ハリーはといえば、異国の顔立ちをしたカッコいい青年にまじまじと見つめられて居心地が悪そうにもじもじしていた。
「そっか……そやなぁ、そう、やんな。二人は……ああ、うん。ごめんな、ハリー。あんまりジェームズに、ああハリーのお父さんやけど。ジェームズにそっくりやったから吃驚してしもてん。堪忍な」
「い、いいえ…」
「ああ、でもよぅ見たらリリーにも似とるな。目の色はリリーに貰たんやな。綺麗な色しとる」
「ありがとう」
母親のことを言われるのにも慣れていない。
それでもキョウがとても懐かしそうな目で、優しそうに自分を見るから自然と口からお礼の言葉が出てきた。
それに応えるようにキョウはハリーの頭をわしわしと撫でる。
「お話終わったー?」
ふいに鈴の転がるような声がその場に響いた。
ハリーはすっかり忘れていたのだが、先程自分が声をかけようとした二人組みの子供の内の一人が軽く駆け寄りながらやってきた。
長い黒髪はハリーのものとは正反対でまっすぐに地面に向かって伸びており、背中を半分ほど隠している。
切り揃えられた前髪の下の大きな漆黒の瞳が白い肌によく映えた。
背はハリーと同じくらいか、少し高いほどで、細い手足は血色良く健康そのもの。
着ている物は黒を基調としたワンピースで、白いレースが袖口や襟や裾にふんだんに縫い付けられている。
頭を飾るのは白いレースのリボンで、足元は木底の靴だ。
とても可愛い女の子。
ハリーの頬が一気に熱くなる。
「あーやめとけよー」
しかし次いで聞こえた声に瞬時に我に返り、ぱちぱちと緑色の瞳を瞬かせて声の主を見た。
ハリーに声をかけたのは金茶の髪に琥珀色の瞳を持つ、信じられないぐらい綺麗な顔をした男の子、だった。
一見しただけでは少女と見紛う程だが、こちらへ歩いてくる仕草がどうもそうではないらしいということを示している。
着ている服もシャツにズボンというありふれたものだった。
しかし何処にでも売っていそうな服であっても、彼が着ると途端に輝くように見えるから不思議だ。
少女を見たときには熱くなったハリーだったが、少年が惜しげもなく光を撒き散らしながらこちらへ向かって歩いてくるのには萎縮してしまった。
そんなことにはお構いなしでずかずかとやって来た少年はぐい、と少女の方へ指を向け真顔で告げた。
「あいつ、頭の中身ほとんどファザコンだから」
「えっと、君は」
少年の言葉に戸惑うハリーがようやく聞いたのはやはり戸惑いを露にした質問の仕方で。
普通の人なら聞き返す所なのだろうが、目の前の綺麗な少年は素早く意を汲み取ったようだ。
。俺の名前な。そんであっちは。俺達従兄妹なんだ」
「そうなんだ。言われてみればちょっと似てる、かな?」
「うわーやめてくれよ。全然似てないって。まあ、顔の良さだけは血筋かなーとか思うけど」
「あ、そう……」
自分で顔がいいということを事も無げに言ってのけるにハリーは少し引き攣りながら、それでも何とか笑みを浮かべてみせた。
「あーが男の子ナンパしてる」
「失礼な。まだ名前しか言ってねーよ。落とすのはこれからだっつうの」
「でも早速友達作るなんてさすが。ホグワーツなんでしょ?えっと…」
「ハリーだよ。ハリー・ポッター」
「うん。よろしく、ハリー。そんでハリーもホグワーツなんだよね?」
「え、え?う、うん……一応」
「うわっ俺ってばホグワーツ友人第一号を入学前からゲット?さすが、素晴らしい俺!ドラコとは大違い!!」
「ドラコにも紹介してあげれば?友達の友達っていうツテがあればちょっとは仲良くなるかもだし」
ハリーは先程が近寄って着た時よりも更に戸惑い、混乱していた。
魔法界というものに飛び込んでみてまだ半日程度だが、ここでは会う人会う人が皆自分の顔を見ただけで驚いたり、感激したりした。
覚えてもいない幼い頃の偉業がそうさせたのだが、ハリーにとってそれはお尻のあたりがむず痒くなるような経験だった。
つい昨日まではダーズリーの家で厄介者扱いをされ、学校に行っても誰にも相手にされなかったのに、いきなり英雄扱いされれば誰だってこうなる、とハリーは自分に言い聞かせてきた。
それがこの二人はどうだろう。
初めて会って、まあ向こうは自分を、正確には父親の顔を知っていたらしいが、とにかく初対面でとりあえず名前を言って。
よろしく、と普通に言われた。
それがあんまりにも普通の出来事なので、拍子抜けしてしまった。
目の前のは、二人並ぶとまるで人形のようで、道行く大人達が微笑ましげに三角帽子の下で口元を緩めている。
だがその丁寧な造りの容姿に似合わず、二人のトークはまるでマシンガンの如く繰り広げられている。
「でも友達の友達ってなんか気ぃ使うじゃねーか」
「んもう!ドラコが人に気を使うような子だと思ってんの?」
「いや、全然。でもほら、あいつ普段威張ってるけど何だかんだ言って人見知りだし」
「そうなんだよねー内弁慶だよねー」
「あ、ドラコっていうのは俺の従兄弟のこと。俺の母さんの兄さん、俺の伯父さんってことだけど、そのおじさんの息子がドラコな」
「その子も魔法使いなの?」
の説明にハリーが質問すると、今度はが答えた。
「そうだよ。もうバリバリ血統付きの世間知らずボーイ。よければ仲良くしてあげてね。ドラコ友達いないんだー」
「で、お優しい俺達が『ドラコの友達百人出来るかな計画☆』という素晴らしい計画を立てて絶賛応援中なの。ま、ここで会ったも何かの縁だと思って顔見知りぐらいにはなってやって。あいつ性格捩れてるから多分友達になるのは無理だし」
「えーと、オーケー。努力はしてみるよ」
「ほんとっ!?ありがとう!」
この二人にここまで言わしめるドラコという子は一体どんな子なんだろう、と少々気にならないでもなかったがとりあえずハリーは了承を伝える。
するとが目を輝かせて喜んだ。
ハリーの手を取って上下にぶんぶん振り回す。
初めて触れたの手にハリーの顔が又もや耳まで赤くなった。


「そうか、あの子が」
少し離れたところで子供達の様子を見ていたハグリッドがぽつり、と呟いた。
視線は真っ赤になったハリーに不思議そうな顔をしているへ向けられている。
哀愁が篭ったその声に、キョウは隣を見た。
「ほんとうにそっくりだな。生き写しと言った方がええ。あれじゃあまるで」
「“”みたい?」
「ああ」
懐かしそうに細められたハグリッドの目はを通して別の少女の面影を見ていた。
そんな彼の様子にキョウは小さく息をつく。
「そっくりなんは見た目だけやないんや」
小さく小さく呟いた言葉は雑踏に掻き消され、ハグリッドの耳に届くことはなかった。




 




完成日
2005/10/29