「はいはい、お話はもう仕舞いや。これからまだ用があるからなー」
頃合を見て手を叩きながらやってきたキョウに子供二人はあからさまに不満げだ。
これから制服を見に行って、その後に杖を買いに行くというハリーの予定に便乗しようとしていたのに。
邪魔をされた。
「そやかておまえらの杖はここでは買えへんやろ」
「けちー。雰囲気だけでも味わいたかったのに」
が口を尖らせてキョウの長い足を蹴った。
「あーああ、さっきまで昔馴染みに会って散々喋ってたのに。俺らには友達とくっちゃべってる暇なんてありませーんってか。 大人ってずるいよなぁ。子供の都合なんておかまいなしなんだ」
も頭の後ろで両手を組んで半眼になってキョウを見上げる。
それにも動じずにキョウはさっさと二人を促すと、道の端に置いてあった荷物を纏めて担ぎ上げる。
膨れっ面の子供を両脇に従えて、ハグリッドに別れを告げた。
「ほな、元気でな。ハリー、入学おめでとさん。頑張って勉強するんやで」
「はい。ありがとうございます」
恥ずかしさにはにかんで返事をするハリーを優しく見下ろして、キョウは身体を反転させた。
「ちぇー。それじゃあハリーまたね。もしかしたら二度と会わないかもだけど」
「え?え??」
「まだ言ってんのかよ。そんなことないない。じゃあなハリー、新学期になー」
口を尖らせてハリーにまたねと言いつつその真逆のことをも示唆するが小突いた。
彼は普通にハリーに別れを告げて、大人しくキョウの隣を歩く。
三人の背中が人混みに紛れてしまうまでハリーは見送ると、ハグリッドの方を見上げてわずかに上気した頬で笑った。
「ともだち…できちゃった」
そんなハリーを微笑ましく見守り、しかしハグリッドは青い顔で呻くように、
「ああ。ところで、なあ、ハリー。『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてきてもいいかな?グリンゴッツのトロッコにはまいった」
と言ったので、ハリーは頷かざるを得なかった。



お祝い



ホグワーツ入学の為に買い込んだ荷物を二人分も抱えて、さすがのキョウも足取りが覚束ない。
人混みの中で、それでも人にだけはぶつからまいとよろよろと歩く。
そんな彼の腰の辺りでは、人形の様に整った男女の子供が一人は憮然とした顔で、もう一人は斜に構えた生意気そうな顔ですたすたと歩を早めていた。
「ちょ、おまえら少しは手伝うとか」
「何言ってんだよ荷物持ち。キョウ兄はこのために来たんだろ」
言いかけてみるが右側からにあっさりばっさり斬られてしまう。
それでも何とか鍋一つずつを持たせることに成功したキョウは、ダイアゴン横丁の商店街をどんどん進んで行く。
大通りを一つ曲がれば、民家の立ち並ぶ住宅街だ。
子供二人が大人しくついてきている事を確めながら、白い砂利を踏んで細い道に入る。
檜造りの格子門をくぐり、玄関を開けてようやく抱えていた荷物をおろした。
も入ってきて、玄関の戸をきちんと閉める。
「あら、おかえり〜随分くたびれたのねぇ。何かあったの?馬鹿弟子」
人の気配に気付いたのか、奥から顔だけ覗かせた女性がキョウを見てにやにやと笑った。
「全然役に立たないんだぜ。蓮さんよくこんなの弟子にしてられんな」
「やかましいわっ」
「ホントよねぇ。あたしも時々自分の心の寛容さが恐くなるわ」
「どの口がそないなこと言わはりますのや!?」
「ねー喉かわいたーおなか空いたーなんか作ってよキョウ兄〜」
「あーもう、判った。判ったから背中にしがみつかんといて。とりあえず荷物中に運んでそれから夕飯の準備しよな」
、蓮、のそれぞれの勝手な言い分に律儀にコメントを返しつつ、キョウは履物を脱いで玄関に上がった。
は勿論彼の背中に負ぶさったままだ。
が気付いての靴を脱がせる。
居間に荷物を運びこみ、キョウは手早く割烹着を身に着けて台所へ引っ込んだ。
子供二人は蓮と一緒にお菓子をつまんでいる。
夏の盛りを過ぎたので、夕方になればだいぶ涼しくなってきた。
開け放たれた戸の向こうで蝉の声に混じって秋の虫が鳴いている。
「ああ、そうそう」
干菓子をつまむ手をふと止め、蓮はその場に立ち上がる。
砂糖のついた指先を舐めて、背後の箪笥から何か細長い箱を二つ取り出した。
「なに?」
が興味を示して少し吊った琥珀色の目を輝かせた。
そんな彼を楽しそうに眺めながら蓮は元の位置に座りなおす。
座卓の上に二つの箱を並べて、一つはに、もう一つはにと差し出した。
桐でできた箱はの方は紅い組み紐で、の方は緑色の組み紐でそれぞれ結ばれている。
「あけていいの?」
小首を傾げてが言った言葉に鷹揚に銀色の魔女は頷いた。
それを合図には一気に紐を解く。
どきどきしながら開けると、中からはすらりとした細身の棒が現れる。
黒漆で固められ、金文字で何かの文字を彫られたそれは、勿論ただの棒っきれではない。
それぐらいはにだって分かる。
曲がりなりにも魔法―の家ではそれを魔法とは呼ばないが―を生業とする家に生まれたのだ。
緊張した面持ちで恐る恐る指を伸ばし、人差し指で軽く触れる。
何とも無いので次には軽くつついてみる。
それでも杖が無反応なので人差し指と親指で摘み上げてみた。
そうして手のひらに納まったの杖は、驚くほど馴染んでいた。
握るだけで自分の中の力の流れがこの杖に集まるところが容易に想像できる。
間違いなくこれは自分の杖だ。
「ありがとうっ蓮さん!」
喜色を露にした少年に、蓮は菫色の瞳を和らげて微笑んだ。
「どういたしまして。でもそれ作るの大変だったのよ?大事に使ってね」
「うん!ずっと大事に使うよ!」
普段は従兄妹たちの中で一番大人びた表情を見せているも所詮はまだ十と少しを過ぎただけの子供だ。
微笑ましい反応に口元を綻ばせ、蓮はもう一人を目に映す。
そこには手渡された桐箱を目の前に、眉根を寄せてそれを睨んでいる少女がいた。
「あらぁ?まだ駄々こねてるのかしら?」
「だって」
口の中でもごもごと言い訳を呟くは呆れた視線を投げかける。
「いいかげん観念しろって。おまえがどれだけ嫌だって言っても保雅伯父さんの気が変わるはずないだろ」
「そうねぇ。保雅は昔っから頑固な所があったから」
「でも、でも父さんは」
渋るの様子にすら蓮は微笑む。
この子がどれだけ父親であるあの男を好いているのかは彼女の様子を見れば一目瞭然だ。
どれほど慈しんで我が子を育てたのか、保雅の性格を僅かならずとも知っている蓮は想像に容易く、口元に笑みを刻む。
紅を薄く刷いた形のよい唇が半月形になっていく。
「立派な魔法使いになれば保雅は喜ぶと思うわ」
蓮が言った言葉には弾かれたように顔を上げた。
漆黒の瞳がきらきらと自分を見返してくる。
「一人前になれば大好きなお父さんのお仕事も手伝えるし、そうしたら公私共に一緒にいられるようになるわよねぇ」
「頑張りますっ!!」
わざとらしいほどにちらちらとの様子を窺いながら言った蓮には両手を握り締めて高らかに宣言した。
まんまと言質を取った時守の魔女は満足そうににこにこしている。
やる気溢れんばかりに決意を謳いだしそうなに、蓮は微笑んだ。


「じゃああたしからのお祝い、早く開けてみて?」




 




完成日 2005/11/05