汽車は煙を上げながら緑の草原を突っ切っていく。ウィーズリー家のロンという男の子と一緒に座りながら窓の外を眺めていたハリーだったが、しきりにコンパートメントの戸を気にしている。最初は十分に一回振り返って見ていた。次には五分に一回。終いには一分に一回以上ちらちらと扉を気にするハリーに、ついにロンが訳を尋ねる。
「ねえ、どうしてそんなに外が気になるんだい?」
訊かれてハリーは初めて自分がコンパートメントの外を気にしていたことに気付いた。
「うん、あの……」
少しだけ赤くなりながら恥ずかしそうにハリーはもごもごと口を開く。
「ともだちが……来てるかな、って」
長い黒髪の少女と金茶の髪の少年、人形みたいな顔立ちの二人。魔法使いで初めて出来た友達だ。言った途端、ロンは自分の髪より真っ赤になってしまったハリーを不思議そうに見つめていた。


組分けで一騒動



がたんごとん、と汽車は揺れる。運よく一つのコンパートメントを二人で独占できたは家から持参したお菓子をばりばり貪り食いながら話す事と言えばこの後行われる組分けのことだ。
「ドラコはまあ多分絶対確実にスリザリンだろうな。つうかそれ以外あいつに合いそうな所ないし」
「純血ばんざーいってヤツ?いつも聞くけど意味わかんないよね」
「ま、俺らには関係ないしなー」
他人事のように彼らの幼馴染み兼、にとっては血の繋がった従兄弟の行く先を予想する。棒の先についた飴をがりがりと行儀悪くかじりながらが「は?」と問えば、金茶の髪をした少年はあどけなさの残る顔で、それでも真剣に悩んでみせた後にあっさりと、
「ま、俺もスリザリンかなー」
と言ってみせた。
「えー何で?のどこがスリザリン気質なのよ」
「さあ?でも多分なんとなくそんな気がする。俺の勘って割と当たるし」
「じゃああたしは?」
黒髪を揺らして小首を傾げるは琥珀の瞳でじっと見つめる。色濃くの血を引き継ぐ彼女は黙っていればそりゃあ可愛らしい美少女だ。道を歩けば誰もが振り返るし、初対面で真っ赤になって固まってしまった男の子を過去に何人も見ている。ただしそれはあくまでも“黙っていれば”である。口を開けば幻滅、とまではいかないだろうがそれなりに淡い期待を打ち砕くぐらいの破壊力は持っている。顔を引き攣らせながら彼女の前を去っていった男を過去に何人も見ている。そんな彼らをはいつも嘲り笑う。
「おまえは中身が面白いのになー」
「何それ」
一人考えに耽ってうんうんと頷くが不審げな顔で見る。
「人間外見じゃなくって中身だって話」
「ふうん?」
綺麗なだけの顔ならすぐに見飽きる。窓に映る自分の顔を見ながらは思う。
は、そうだなぁ。何処だって馴染めそうだし、でも何処にも合わなさそうだ」
緑が目立つようになって来た外の風景。窓に映りこむ自分の顔に不満そうな顔を向けているに軽く笑ってみせる。
「ま、おまえに関しては俺の勘も予想も外れるから。諦めて楽しみに組分けを待ってろよ」

湖を渡る最中、も目を丸くして同乗したドラコの顔を眺めていた。ドラコの常日頃から青白い顔はどうしてか火照っているし、心なしか態度にもいつも感じる鬱陶しいほどの自信が見られない。汽車の中で何かあったのかと訝しむの隣でが首を傾げつつも話しかける。
「ドラコ?」
「うるさいっ僕に話しかけるな!」
いつもならにそんな口をきかないはずのドラコがぷいとそっぽを向いてしまった。驚いたの方へ視線を向けると、大人びた従兄は肩を竦めてどうしようもないな、というリアクションをしてみせた。しょうがないから三人は小船が岸辺につくまで無言で過ごした。ドラコを無視して二人で会話を楽しんでも良かったのだが、そこはソレ。何となく仲間はずれは駄目なような気がしたのだ。だってドラコ、すぐ泣くし。
「うーわー」
岸についた船からが声をあげた。夜に浮かぶ石造りの壮麗な城。見上げれば魔法の灯りで城内が仄明るい。すとん、と先に陸に上がったがごく自然にに手を差し延べる。そしてもそれを当たり前のように受けて、の助けを借りて土の上に両足をつけた。
「ぼろいっ!そんでオマケに色んなものがうじゃうじゃいる!」
「本当だな。害のありそうなものはいなさそうだけど、何だか結構ご大層な結界がいくつも張られてる」
城を一瞥しただけでホグワーツの秘密を見抜いた二人にドラコは驚いて振り返る。日本の魔法使いと呼ばれる者達は実を言うと西洋の魔法使いとは根本的に違う。それは力の使い方からその存在意義に至るまで、全てが東と西では合致しないのだ。そのことを幼い頃から彼らと触れ合ってきたのだから分かっていたつもりであったのだが。改めて違いを見せ付けられたような気がしてドラコは何となく疎外感を感じた。
「あれ、どうしたのドラコ?おなかでも痛い?」
元気の無いように見える彼へがきょとんと問いかける。彼女に心配してもらえたのはすごく嬉しいから、ドラコが「だいじょうぶだ」と返そうとした時、後ろからがにやにやと笑いながら、
「なんだよ坊ちゃん、もうホームシックかよ。うわぁ、夜とか一人で寝られる?なんなら一緒に寝てやってもいいぞ。今なら俺のスペシャル子守唄付きで」
とか言ってからかうものだから。に怒るのが先になってしまい、結局には何も言えなかった。後で自己嫌悪に陥るのはドラコなのだが、当の自身は全く気にしていないということをそろそろ気づいた方がいいと思う、というのがドラコをからかった張本人のの見解だ。顔を真っ赤にして怒鳴るドラコを飄々とかわす。二人を見ながらは「相変わらず仲いいなー」とか思う。湖岸に生えている草は、しっとりと濡れていて、靴の下でへたりと潰れた。

城の中に入ると、ゴーストが出迎えの挨拶をしてくれた。人間じゃない彼らに驚くのは多分マグルの家の子だろう。「いいねー反応が初々しくって」
はおっさんみたい」
横から聞こえた少年の声にこっそり返していると、ぞろぞろと生徒達を引率していた厳しそうな眼鏡の女性に睨まれた。肩を竦めてやり過ごすと、後ろからドラコが小声で話しかけてくる。
は当然スリザリンだろう?」
「えーどうかなー?」
組分けの事を言われ、は眉を寄せてうーん、と唸ってみせる。
は自分をスリザリンだって言ってたけど。あ、よかったねドラコ。一人じゃないよ!」
「そうそう。よかったねードラコ坊ちゃん。美しい俺の顔を毎日拝めるなんて幸せ者!」
「バカを言うな!僕はと一緒になりたいんだっ誰がおまえなんかと!」
無邪気にに言われ、からはにやにやと毒のある微笑でもって祝福されたドラコは思わず怒鳴ってしまい、またもや引率の教師に睨まれる。初老の女性はあからさまに咳をして、静かにするように無言で重圧を与えてきた。普段いくら甘やかされて傍若無人に育ってきたドラコもさすがにまずいと思ったのか、声を潜めてそれでもまだ諦めずにに話しかける。
「スリザリンが一番素晴らしい寮なんだぞ。混血なんかと戯れてる他の寮とは格式が違うんだからな」
「いつも思うんだけど、こっちで言う純血ってあたしとかには当てはまらないんじゃないの?」
がそう言ったところで生徒達の足が止まった。どうやら大広間に到着したらしい。上を見上げると建物の中なのに星空が広がり、その星々の光よりもさらにあたたかな光を放つ蝋燭が無数に浮かんでいる。
「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ」
前の方で女の子の声がした。ここでも驚いているのはマグル生まれの子のようだ。きょろきょろと落ち着かない風に辺りを見回している。落ち着かないのはこの場所の幻想的な雰囲気だけが原因ではない。大広間に並ぶ四つの長いテーブルにはすでにたくさんの生徒達、つまりは上級生が席について新入生を見ている。たくさんの好奇の視線に晒されて、平気な気分でいる方が難しいのだ。
「うん、中々美人なお姉さま方がたっくさん!」
「あ、あの人女難の相が出てる」
「僕は時々お前達の呑気さが本気で羨ましいよ」
緊張の為か再び青くなった顔色でドラコが小さく呟いた。そうやっている間にも組分けの作業は始まったらしい。一人ずつ名前を呼ばれ、椅子に座って帽子をかぶる。帽子が叫んだ寮の名前に新入生はほっとしてあたたかく迎えてくれる上級生に混じってテーブルに座っていった。周りの大勢が名を呼ばれる中、も手持ち無沙汰で立っていた。出発する前に保雅に言われたのだ。二人はホグワーツで留学生扱いになるから、と。つまりそれは普通の扱いではないということで。どこが他の新入生と違うのかまでは聞いてこなかったが、とりあえず名前を呼ばれるのはずっと後だろう。ぼんやりしている間にドラコは名前を呼ばれ「ひっくり返るなよー」とが小声で呟くほどふんぞり返って歩み出て、帽子を完全にかぶるより前に「スリザリン!」と帽子は宣言した。
「あの帽子」
「んー?」
ぽつりと呟いたが気のない返事をする。
「どういう仕組みになってんだろう。分解して調べてみたい……」
「何か憑いてる、とかそういうんじゃねーの?」
「あんなぼろっちい帽子に人生決められるなんて。何で誰も不思議に思わないんだろう」
「さあ?西洋人のおおらかさなんじゃねーの?」
ぼそぼそと日本語で会話を続ける二人を、引率してきた教師は背後からじっと見ていた。主に少女の方を。その後姿にかつての教え子の姿を重ね合わせ、しかし首を左右に力なく振って静かに息を吐き出した。
「さて!今年は東方からの新入生もお招きしておる!紹介しよう新たな友人に拍手を!」
アルバス・ダンブルドアが立ち上がり、広間の中心に二人だけ残っているに茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。元々目立つ容姿をしていた二人はそれまでもたくさんの視線に晒されていたのだが、これほど一斉にこの場の全員の目が集中したのにはさすがに怖気づき、は無意識に半歩その場で後ろに下がった。
「さあ、組分けを。・M・!」
引率してきた教師、全員分の名簿が記された長い羊皮紙を手にしているマクゴナガルが、羊皮紙の一番最後の二つの名前を見て、先にの名を呼んだ。は特に緊張した様子もなくまっすぐに帽子の前まで歩いていく。椅子の上に置かれたぼろぼろの帽子を彼が見たとき、少しだけ嫌そうに顔をしかめていたのをは見逃さなかった。指先でつまむようにして帽子を頭上にかかげ、髪が乱れるのを気にしてかゆっくりとかぶると、帽子はしばらく思案した後「スリザリン!」と高らかに宣言した。途端にあがる歓声。拍手で迎え入れるスリザリン寮のテーブルにゆっくりと歩み寄りながら、は途中でに小さく「リラックス、リラックス」と声をかけるのも忘れない。クラッブとゴイルという父親の代から旧知の少年二人に両脇を挟まれたドラコも、やはり知っている者が一人でも多い方が良かったのだろう。に「よくやった」などと尊大に声をかけ、右隣に座っていたゴイルを無理矢理どかせるとそこにを座らせた。
は緊張しているのか?」
広間にぽつんと一人きりになってしまった少女の顔がいつもよりも強張っている事に気付いたドラコが、同じく従妹の姿から視線を外さないでいるに問いかける。
「まあなー俺らってこんなに大勢自分と同じ年頃の子どもに接する機会なかったからなー」
あまりに多くの視線に耐え切れなくなったがついに細い肩で俯いてしまった。普段傍若無人ともいえる天真爛漫さを前面に出す彼女だが、やはり人の目は怖い。早くこんなの終わってしまえばいいのに、と胸中でごちながら必死に真新しい制服のプリーツを見つめる。
!」
ようやく自分の名前が呼ばれた。ほっとしてその場から歩き出し、帽子が置かれている椅子へ向かう。異国の少女が組み分けの儀式をする様子をホグワーツの生徒達は固唾を呑んで見守った。できれば自分達の寮に入ってくれれば。淡い期待を抱きながら、少女の指先が帽子に触れる瞬間をその場の全員が捉える。
「………」
が帽子に手を伸ばす。すると帽子は、つい、と逃げた。緊張で手が滑ったのだろう。柄にもなく動悸が激しくなっていることを今更実感しながら、はもう一度組み分け帽子に手を、伸ばす。――が。
「……え」
つい、と。帽子は又してもの指先から逃れた。尚も手を伸ばす――帽子は、逃げる。伸ばす、逃げる、伸ばす、逃げる、の繰り返しを幾度も続けていくうちに、様子がおかしいことに気付いた在校生も教師達もざわざわとしだす。いつの間にか、帽子は椅子の上におらず、床の上を逃れていた。それを半ば夢中で追いかけていたは、帽子の向こう側に真っ黒な革靴を見つけてふと顔を上げる。ねっとりした黒髪、鉤鼻、顔は土気色の男性教師―この場にいる大人は教師以外ありえないだろうから―が険しい顔をしてと帽子を見下ろしていた。この人はどうしてこんなに不機嫌そうな顔をしているのだろう、とが思う間もなく、彼は足元にやって来ていた帽子をつまみあげると、無言でこちらに差し出してきた。
「あ、どうも」
ようやく帽子に触れることが出来る。立ち上がってスカートの裾をおざなりにはたいてから、は今度こそ、と帽子に手を伸ばした。その白い指先がつぎはぎだらけの帽子に触れるや否や。
「ぎゃあああああああああああっ!!!!」
耳をつんざくような悲鳴が。から、ではなく、帽子から。しんと静まり返った広間に、その悲鳴はいつまでも木魂していたのだった。



 




完成日
2006/05/02