ようこそ、ホグワーツへ 少女の指が帽子に触れ、帽子が絶叫する少し前。正確には組み分けを待つ一年生が残り僅かになった時だが、ようやくハリーは魔法界で初めてできた『ともだち』の姿を確認したのだった。その後、がスリザリン寮に割り振られて多少がっかりしたのだが、はまだ組み分けの儀式を待つ状態だ。今度こそ、とちょっとだけ神さまに祈ってみたりしながら固唾を呑んで見守っていた。そこに、あの帽子の悲鳴。 「うわ何だ?」 「誰だこんなしわがれて聞き苦しくて切羽詰った感だけが先行する阿呆みたいな悲鳴あげるのは」 「こんな悲鳴をあげるのはウチのパーシーかパーシーかパーシーかパーシーぐらいなものだろう」 ずれた眼鏡を押し上げるパーシーの両隣で、赤毛の双子があらかじめ用意されていたセリフのように淀みなくすらすらと言ってのける。それにお決まりのように声を荒げる監督生。兄達のそんな様子を普段から見慣れているロンは、広間の中央に釘付けになっているハリーの肩をちょんと叩く。 「あの子?君が言ってたともだちって」 「うん」 「ほう、なかなかに可愛らしいじゃないか」 「愛くるしい上に帽子に悲鳴を上げさせるなんて将来の見所もありそうじゃないか」 いつの間にかハリーとロンの背後にやって来ていたフレッドとジョージが同じように少女に注目しながら真面目くさった顔で述べる。未だ叫び声の余韻の残る広間では、四つの寮に属する生徒も、教師達も口々に何かを囁き合っている。かつてホグワーツの有史以来、帽子に拒否された新入生などいただろうか?空中に頼りなく浮かぶゴースト達も、実体がないので色味は分からないが、生きていた頃のままなら恐らく興奮に顔を真っ赤にしているだろう。声高に目の前で起こった出来事を議論している。 「えーっと……」 は帽子を前にどうしていいのか分からなかった。逃げる帽子を追いかけて教員席までやってきてしまい、顔色の悪い教師(多分)に帽子を手渡してもらった。そこまではいい。いや、本来なら組分け帽子に逃げられるなんてことあるわけないのだが、とりあえずいいということにしておく。問題はその次だ。が帽子に触れた途端、この世の終わりかと思うほどの悲鳴を上げたのだ、組分け帽子が。吃驚したのは彼女だけではないらしい。に帽子を差し出した教師も、表情の変化は乏しいが驚いた顔をしているし、教師陣もざわついているし、生徒達は言わずもがな。人間ではない存在、つまりはゴースト達その他諸々も大騒ぎ。どうしてよいか分からなくて、途方にくれたの耳に「ほっほっほ」と呑気に明るい笑い声が届いた。 「愉快愉快、帽子に歌と寮名以外を言わせた生徒に会うのはわしがここで教師をして以来初めてじゃよ」 半月形の眼鏡をかけて、銀色の髪とあごひげ、口ひげが特徴的な老人は、きらきらと光る水色の瞳が印象的だ。の方へ軽い足取りで歩み寄ってきた老人は彼女がびっくりして取り落としてしまった帽子を懐から出した杖でひょいと持ち上げる。ぽかんとした顔で自分を見上げる少女に眼鏡の奥から笑って見せて老人は、ホグワーツ魔法学校の校長、アルバス・ダンブルドアは杖の先の帽子をくるくると回し始めた。 「校長」 「なあに、ほんのすこーし組分け帽子が寝惚けておっただけじゃよ。気にするまでもないぞ、セブルス」 くるくると回る帽子を見ながらダンブルドアは低く声をかけてきた教師に言う。セブルスと呼ばれた男性教師が渋い顔でその場をさがるのを見送っていたの目の前に再び差し出されたつぎはぎだらけの帽子。 「さあ」 戸惑いの中でダンブルドアを見上げるに優しくうなずいて組分けを促す。視線を帽子に移したは怖々と帽子に手を伸ばす。白く細い指先が帽子の端っこにちょん、と触れる。さっきはこれだけで悲鳴を上げた組分け帽子だったが、今度は静かだ。もう大丈夫なのかな、と覚悟を決めて帽子を掴み、深く被ると途端に耳に直接語りかけられた。 「ううう、くわばらくわばら」 何だ其れ。まるで人を悪鬼妖怪扱いだ。思わず半眼になったに帽子は気付き、慌てて先ほどの無礼を謝罪する。 「いや、すまなかった。先ほどは失礼した。何しろ久しぶり、そう、君で三人目だが。君と同じ、いやこれは今は言うまい。しかしそう、本当に久しく触れていなかったのでな。君のような極上の魔力に。ついつい気が緩んでいたものだから」 「だから悲鳴?」 「まったくお恥ずかしい」 長々と言い訳をする帽子には呆れて怒る気力も失くした。そんなことより早く組分けをして欲しい。これ以上この場に留まるのはごめんだ。 「そうだな……“前回”はグリフィンドールに、“前々回”はスリザリンに入れたが。の血筋はいつも私を困らせる。どこに居てもいいし、どこに居てもいけない。いっそのこと五番目の寮を作ればいいのだが。いやそんなことは出来まい……さて、どうするか。ふぅむ……」 どうやら独り言が長いのはこの帽子の癖らしい。好き勝手に言い出した帽子にの機嫌は段々傾いていく。そもそも彼女は元来我慢強い方ではない。いつでもどこでも直球勝負。自分の思った通りに好き勝手に振舞う。周囲の人間はそれを知っているから、口出しはせずに、しかし道を外さないようにやんわりと軌道修正をしてくれるのだ。そのおかげで彼女の振る舞いは天真爛漫の域に踏みとどまっていられる。 「なんでもいいから早く決めてよ。もうこれ以上ここにいるのは嫌なんだから」 「ふむふむふむ……気質はまあ差はあるがどこの寮にも充分に当てはまる。しかしそうだな……スリザリンはどうかね?君には偉大な魔法使いになれる可能性があるのだが」 「スリザリンってドラコとかとかの?そこってどういう寮なわけ?」 「どんな手段を使っても目的を遂げようとする狡猾な者が集まる寮じゃよ。ここではまことの友を得ることができる。それにこの寮の出身者は過去に偉大な魔法使いとして多くの者が名を残している。寮の場所は地下の」 「却下」 「なに?」 もったいぶって帽子が寮の特徴を説明しだす。大人しく聞いていたかに思われただが、急に帽子の言葉を遮った。 「ど、どこが気にいらないと言うんだね?」 「地下ってトコ。ただでさえこっちは雨降りなお天気が多いのにその上地下に閉じ込められたんじゃ一年身がもたない。というわけで、地下に寝床がある寮はお断り」 日当たりのいい場所がいいわ、などと引越しの際に気にするように、もしかしたら自分の一生を左右するかもしれないこれからの学校生活に深く関わるかもしれない条件をあっさりと言ってのけた少女の頭の上で帽子は慌てふためいていた。帽子に悲鳴を上げさせた生徒も稀なるものだが、素質云々の前に日当たりを気にして寮を選ぶ新入生も奇なるものだった。 「君は少し変わっておるな」 「喋る帽子に言われたかないわよ。祓うわよ?」 「さささささーて、では君の組分けを終わらせようかね!これでいいだろう日当たり抜群塔のてっぺんグリフィンドール!!」 少女の本気を感じ取った組分け帽子はやけくそとばかりに高々に宣言した。聞いていた生徒達や教師陣は「日当たり抜群って何だソレ」と一斉に思ったようだが、ようやく帽子を脱ぐ事ができたが長い髪を優雅に翻しながら大騒ぎで迎えるグリフィンドール寮の席へ歩いていくのに気を取られ、誰一人つっこむ者はいなかった。当のは席へ向かう途中でスリザリン寮からドラコが悔しそうな顔をしているのと、そのほっぺたをつついて遊んでいるの姿を見つけて「そういやのいない場所で生活するのなんてはじめてかも」などと自分の選択がもたらした結果を今更ながらに実感していた。 「おめでとう」 眼鏡をかけた上級生らしい赤毛の男の子がそう言ってやってきたに握手を求めた。何がおめでたいのか理解していない彼女もなんとなく手を軽く握り返す。 「君はこれからホグワーツで素晴らしい魔法使いになるだろう。なぜなら僕らのグリフィンドール寮は」 手を離さないまま少年が滔々と語りだす。だがそれはすぐに止められた。彼の後ろから鏡を合わせたようにそっくりの赤毛の二人組みが飛び出してきたからだ。 「やっほう組分け帽子!」 「今年最大の功労者だ!」 「なぜなら我らの前にこんなに可憐で愛らしく」 「おまけに帽子に悲鳴を上げさせるという偉業をさっそく成し遂げた英雄を送り込んでくれるとは!」 「自己紹介をしようそっちがフレッド」 「そっちがジョージ」 ハイテンションのまま話しつづけ、お互いに自分の名前ではなく指差した隣の、といっても同じ顔だから見分けがつかないのだが、とにかくお互いを紹介し合った二人は強引にの両隣に割り込んだ。 「あなたたち双子?初めて見た」 「ほうほう双子が珍しいかい」 自分の両隣で大げさに身振り手振りを交えつつ話しかけてくる少年達には多少目を丸くしながらもどうにか答える。ふと、見覚えのあるくしゃくしゃの黒髪を見つけた。丸い眼鏡とその奥の緑色の瞳。額の傷を確認しなくても、にはそれがハリーだと分かった。そもそも、彼女は彼のおでこに稲妻型の傷があろうとなかろうと、その存在を知らないから関係なかったのだが。 「ハリー!」 輪の中心から呼びかけると、彼はにっこりと笑ってこちらへ寄ってきた。 「同じ寮だったんだ」 「うん。汽車の中で見つけようとしたんだけど見つからないから来てないのかと思ったよ」 「うふふふふ。できれば来たくなかったわー」 ハリーの言葉にどこか遠い目をしてはため息を吐く。その言葉にぴくりと眉を跳ね上げたのはふわふわの栗色の髪をしたハーマイオニーだ。 「まあまあ姫、そんなこと言わずに」 「せっかく来たんだからめいっぱい楽しんでくれたまえよ」 双子が両脇から宥めるように口を開き、そうしてその場のグリフィンドールの上級生達は今年の新入生全員に向かってこう言った。 「ようこそホグワーツへ!」 完成日 2006/07/06 |