視線 新入生全員の組み分けが終わった。マクゴナガル先生が巻紙をしまい、帽子を片付けるとみんな急に空腹だった事を思い出した。窓の外はすっかり暗くなっている。教員席の真ん中、ダンブルドアがおもむろに立ち上がる。にっこりと笑って新入生におめでとうの掛け声を披露した直後、テーブルの上の空っぽだった金の皿にはありとあらゆる料理が揃っていた。 「姫、ローストチキンはいかがかな」 「チキンが嫌なら羊も豚もあるけれど。どうだい、姫」 赤毛の双子に挟まれたは両側から次々と料理を進められて辟易していた。目の前の料理はそれは美味しそうなのだが、双子の自分への呼称が気になってフォークにポテトを突き刺したまま右と左を交互に見上げる。 「ねえ、その『姫』っての、何?」 「それはもちろん、君への賛辞を込めてを姫と定めたのだが」 「我々がそう呼ぶことに何か問題があるのかい?」 「大有りよ。くすぐったくってたまらないわ」 不満を伝えると双子はの頭上で顔を見合わせて目配せする。そうして意思を伝え合った後に一つ頷き合って「「じゃあ」」と声を揃えた。 「「『お嬢』にしよう!」」 双子のユニゾンを偶然耳にしたグリフィンドールの生徒の一部は、食べていたポークチョップを喉に詰まらせたり、折角フォークに刺した豆をテーブルの上の真っ白なクロスの上に落としてしまった。一方『姫』改め『お嬢』と呼ばれたは今回もなんとも度し難い、といったような反応に困ったという風な顔をしている。しかしそんな少女にお構いなしに双子は右と左のスピーカーからまるで流れるようにあれやこれやとまくし立ててくるので、ついには根負けしたが妥協して彼女の呼び名は『お嬢』に固定されることとなる。 「ほとんど首無し?」 が構いたがりの双子に辟易しているすぐ側では、グリフィンドール寮付きのゴーストに新入生が興味津々に質問を投げかけている。ニコラス卿が首を引っ張ってその通り名の謂れを実演して見せると、わぁ!と驚いた声が複数響いた。 「最後まで取っちゃえばいいのに。あれじゃ成仏も儘ならないわね」 「お嬢は発言が刺激的だな」 フレッドだかジョージだか(会ったばかりで見分けがつかないのだ)が苦笑しての独り言に付き合ってくれた。デザートのアイスクリームを口に運びながらふとスリザリン寮へと視線をずらすと、うつろな目をしたゴーストを真ん中に挟んで不機嫌そうなドラコと、逆に何が楽しいのか始終けらけら笑いながらプリンを口に運ぶが見えた。は食の細いドラコに無理矢理ビフテキを食べさせようとしていたり、かと思えば肉の後に甘い甘い糖蜜ヌガーを押し込んだりと、親切二割悪意八割の行動を取っている。育ちの良さが災いしたのか吐き出すこともできず、顔を真っ赤にして口に詰め込まれたものをなんとか飲み込もうと頑張るドラコに「がんばれー」と小さくエールを送ると、遠くからの視線に奇跡的に気付いたがにっこり笑って手をふってきた。その際、広間のテーブルのあちこちで上級生のお姉さま方の上ずった悲鳴が聞こえた。 「あの少年はお嬢の知り合いかい?」 「そういえば苗字が同じだったような気もするな」 双子が甘いチョコレートのかかったエクレアを全く同じタイミングで手に取り、口へ運びながら聞いてきたので、は「うん」と頷く。 「従兄弟なの。あたしの父さんの弟がのお父さん」 「へえ、お嬢の血縁者か。それは勿論」 「中身に期待をしても?」 「いいんじゃないかなあ?期待以上のことはしてくれると思うよ」 にやり、という形容詞がぴったりの悪戯っぽい笑い方で口を歪めたフレッドとジョージに答えながらスリザリンのテーブルを見ると、食べすぎで青くなったドラコになおもジャムドーナツを押し付けている従兄弟の姿が目に入った。双子は大層感心したようで「「若は素晴らしいな!」」と異口同音にはやし立てた。どうやら若=のことらしい。自分はお嬢でが若。どこかの極道でもあるまいし、とデザートで甘くなった口をストレートの紅茶で潤しながら呆れた。ふとハリーの方を見ると、彼は来賓席を見上げていた。何の気なしにもその視線を追いかけていく。ハグリッドが酔っ払っているのが見えたし、さっき助けてもらったダンブルドアは広間まで引率してきた女性と話している。女性の方はグリフィンドールの寮監なのだとすぐ後に知ることになるのだが。 「ん?」 ふいに視線を感じて来賓席を端から端まで眺めてみる。全身黒ずくめの顔色の悪い先生、そう、確かダンブルドアはセブルスと言っていた彼が、頭に何重にもターバンを巻いた弱気そうな男性と話している。というよりも、ターバンの先生がおどおどと話しかけてくるのをむっつりと不機嫌そうに聞き流している、といった方が正しいかもしれない。そして視線は確かにこの二人の方から感じた。二人のうちどちらがを見ていたのかは分からないが、ぼんやりとその場の全てをやりすごしていた彼女の意識を刺激するほどに強く見られていたことは確かだ。こういう場合の勘は外したことはないし、そうなるように日頃から神経を研ぎ澄ますよう言われて育った。 「どっちだろう」 が二人を見つけたときには既に二人共がお互いの話に戻ってしまった為、視線の主を特定する事ができなかった。でも確かに、射抜くような鋭いそれを感じたのだ。それは悪意ではなかった。もしそうなら防衛本能が働いて、即座に気付いただろう。悪意でないのなら何だというのか。熱く、何かを渇望するように、願いを請われるように向けられた感情の意味をが知るはずもない。ほんのわずか、不審に思っただけで、いつしか宴の終わった大広間から出て行く生徒の群れに飲み込まれたのだった。 お腹が満たされると急に眠くなってきた。慣れない場所で多くの人に関わった為か、いつもより疲労の度合いも高い。早く布団に潜りこみたいな、とが思った寮へ向う道中、ポルターガイストだというピーブズに出会った。意地悪そうなくらい目をしており、大きな口がおかしくてたまらないという風に歪められている。一年生を引率していたパーシーが怒鳴って追い返そうとしているが、ピーブズは不愉快に耳に障る笑い声をあげながら手に掴んだ一束の杖をぶんぶんと振り回している。かと思えば急降下してきたりして、ハリーやロンは屈む時に互いの額をぶつけてしまった。列の最後尾からぼんやりしながらその様子を眺めていたにピーブズは気付き、びゅん、と音がするほど素早く彼女の目の前に移動した。 「おぉや、の娘がまたいるぞお?災いもたらす呪われた血筋のお姫様、今度は誰を道連れに?」 芝居がかった口調でねっとりと言葉をぶつけてくるピーブズには目を丸くして驚いた後、むう、と眉根を寄せて空中に浮かぶポルターガイストを見上げる。彼の言葉の大半が、意味の分からないものだったが、それでもいい気分のするものではなかった。彼女は今眠たくて、そんな時に変な言いがかりをつけられて機嫌は急降下だ。 「の娘に近付くな、呪われたらおしまいだ〜」 高音と低音がごちゃごちゃに混ざり合った騒音のような歌を勝手に歌ってげらげらと笑うピーブズに、我慢のならなくなったが右手の指先を向ける。 「うるさい!」 少女の声がびしり、と空気を震わせた。途端にの右手の揃えた指先から一瞬だけかすかな光が放たれ、それを向けられ受けたピーブズはごとり、と階段の上に落ちる。それを思いっきり下へ蹴っ飛ばすに一同呆気に取られるが、すぐに賞賛の嵐となった。 「すごいな!どうやったんだい?」 興奮気味に赤毛のそばかすだらけのロンという少年が聞いてきた。 「別に。ちょっと縛っただけ」 「今のって魔法なの?」 ふわふわの茶色い髪をした少女が興味津々といった風に詰め寄ってくる。彼女の言葉には「どうだろう?」と小首を傾げる。父親の元で習得したいくつかの術が、こちらでいう魔法にあたるかどうか知らなかったからだ。尚も質問を重ねようとする少女、ハーマイオニーを止めたのはパーシーだった。 「さあ、いつまでもここにいないで!とっくに就寝時間は過ぎているんだ。お喋りはおしまいだ!」 監督生の言う事には従わなければならない。ピーブズを撃退した異国の少女に興奮を隠せないながらも、グリフィンドールの一年生は大人しく後に続く。 「私、ハーマイオニーよ。ハーマイオニー・グレンジャー」 再び列の最後尾を歩いていたにさきほどの少女が話しかけてきた。 「・……ええっと、こっちじゃ逆だっけ。じゃあ・」 「ね。ねえさっきの魔法のことなんだけど」 「うーん。実はあたしにもよく分かってないの」 「魔法じゃないの?でも、そうね。あなた杖を使わなかったわ」 「あれはちょっとしたおまじないみたいなものだって。ピーブズみたいに生身の体がないご迷惑な輩から安全に逃げ出せる術なの」 「東の魔法なのよね?とっても興味深いわ。あとで詳しく教えてくれる?」 きらきらと目を輝かせてハーマイオニーが言うので悪い気はしなかった。村にいた頃には自分と同世代の子供はほとんど見かけなかったし、いつもと一緒にいたから女の子の友達もそういえば初めてだった。あれほど来るのが嫌だったホグワーツだが、案外面白いところかもしれない。はそう思って「いいよ」と快く承諾した。 「でも明日でいい?実は今とぉーっても眠たいの」 言って大欠伸をするにハーマイオニーは残念そうな顔を見せたが、彼女自身も慣れないこと続きで疲れていたらしく、今夜はすぐに眠る事に了承した。肖像画の裏の穴をよじ登り、パーシーの指示で女子寮へ続くらせん階段を上りながら今にも眠りに入って階段を踏み外しそうなを、その度にハーマイオニーが小声で嗜めて起こし、ようやくベッドに辿り着いた時には二人共もう話す気力など残っていなかった。こうしてホグワーツの初めての夜は過ぎていき、次に目を覚ましたときには約束通りにハーマイオニーに昨晩使った術についてあれこれと質問攻めにされることになるのだが。ふかふかのベッドに横になったの意識は既に眠りの淵深く沈んだ後だった。 完成日 2006/10/06 |