三ツ星特効薬



真っ赤になってうろたえるシリウスや、背後にどす黒く渦巻くものを背負って不気味に笑顔なリーマスをもっとからかっていたい気もしたがそうもいかない。
キョウはリリーにの為の食事と薬の用意をする為に一旦グリフィンドール寮から出ることを告げると、談話室の隅でリーマスのオーラに怯えて小さくなっているピーターの頭をがしがしと二、三度撫でて肖像画の外へ出た。
「あら、もう行っちゃうの?」
太った婦人がどこか名残惜しそうに言うのにキョウは振り返ってぺこりと頭を下げる。
「又すぐに戻ってくるんやけどな。その時はもう一回お願いします」
「いいのよこれぐらい。待っているわね」
気さくに言う婦人に笑顔を残してキョウはとりあえず寮へ戻ろうと地下への階段を下り始めた。

スリザリン寮は地下にあるため他の寮より湿気が多いように思われがちだが、実際はそうでもない。
地下といっても天井は高く取られているため、上の方には窓だってあるし、何よりスリザリン寮の暖炉は他の寮とは比べ物にならないほど大きい。
純血主義のスリザリンでは寮生のほとんどがそれなりに良いところの子息子女ばかりなので、彼らの親が寄付した金貨がこれほど立派な暖炉を作ったのだろう。
とにかく、その暖炉が年中赤々と勢い良く薪を燃やしてくれているおかげで、湿気とはほぼ無縁の生活が送れているのだ。
「キョウお帰り〜の様子どうだった?」
「風邪引いたんだって?しかもブラックのせいで!」
スリザリン寮の談話室に入ると、くつろいでいた同じ寮の生徒達が自分を見つけて口々にの様子を尋ねる。
スリザリン寮所属なのに何処の寮生ともざっくばらんに付き合うキョウと同様、も他寮の生徒達に可愛がられているのだ。
何時でも何処でも眠ってしまう彼女の体質は周囲で見ているとはらはらするもので、今ではが行方不明になると寮ごとに捜索隊が結成され、ホグワーツを分担して探すという暗黙の了解まで出来てしまっている。
やったら大した事あらへんよ。薬飲んで寝たらようなるわ。そや、セブ知らんか?」
愛されているなぁ、との事を思いつつ「こりゃシリウスもリーマスも大変やな。前途多難やわ」とこっそり心の中で合掌してキョウは談話室には滅多にいない人物のことを尋ねる。
「スネイプならさっき実験するって魔法薬学の教室に行ったぜ」
寮の扉に近いソファに座っていた同級生がそう教えてくれた。
彼に軽く礼を言ってキョウは再び寮の扉をくぐり、廊下に出る。
一旦厨房に寄ってのリクエスト通りに卵雑炊を作ってから地下牢教室へ向かう。
途中すれ違ったスリザリン寮付きのゴーストである血みどろ男爵にもの様子を聞かれた。
「ほんまに愛されとるわ。うかうかしとったら誰かに掻っ攫われてしまうで?」
魔法薬学の教室の扉を開くと、鍋から立ちのぼる湯気の向こう側に見えた少し猫背気味の痩せた背中に向かってキョウは言葉を投げかけた。
「……何のことだ」
振り返りもしないでセブルスは不機嫌そうに低く呟く。
つかつかと歩み寄ってきた人物に迷惑そうな視線を向けるが、『自称・セブの心友』であるキョウ・マリシバは人好きのする笑顔でにっこり笑った。
「俺はとりあえずは公平な立場で若人達の甘酸っぱい恋愛模様を見とるけど、本音はセブに一票ってとこやな」
シリウスやリーマスには悪いけどな〜などと付け足せば、頭のいいセブルスのことだ。
瞬時に察してぴくりと眉を動かした。
「邪魔をしにきたのなら帰れ」
ふん、と鼻を鳴らしてセブルスが言うが、キョウは大鍋の中身を覗いて顔を緩ませていた。
「なんや、言う手間省けたやないか」
「何の事だ」
「んもぅ〜セブったら!そないに俺と以心伝心やなんて。嬉しいわぁ」
両手を頬に当ててしなを作りながらキョウが可愛らしく頬を染める。
無駄に顔が整っているだけに見ていて妙な気分になってしまう。
その様子にセブルスは本気で怖気を覚え、持っていた柄杓を勢いよくびしぃっとキョウに突きつけて怒鳴った。
「気持ち悪いっ!!私に近寄るなっ」
あまりにも大きな声で怒鳴った為、普段は青白い彼の顔色に僅かだが赤みがさしている。
今日はからかってばっかやなーとまだ始まったばかりの一日を振り返ってみるが、そうしている場合ではないことに気付き、笑いを顔から引っ込めて大鍋を覗き込む。
「で、後どれぐらいで完成なんや?」
「だから先ほどからおまえは何を言っているんだ」
眉間に皺を寄せて訝しげに見てくるセブルスにキョウはにやりと笑う。
「何て、コレどう見たって風邪薬やないか」
机に散らばった薬草の残りをつまみ上げて反対の手でばしばしと細い肩を叩くと、前のめりになったセブルスが伸びすぎた前髪の下から殺気のこもった視線を寄越した。
「おおきにな〜の為に作ってくれたんやろ」
ふわり、と夏の風のように気持ち良く彼は笑った。
焦げ茶色の瞳が穏やかに細められる。
「別に、私は……」
もごもごと口の中で何かを言うセブルスは、今度は怒りの所為ではないのに赤くなった顔色を隠すように俯いて鍋をかき混ぜる。
「何や。照れんでもええやないか」
人差し指でつん、とセブルスの腕をつつくと「うるさい」と振り払われてしまった。
しばらくして出来上がった薬を小瓶に詰め替えてセブルスがキョウに渡そうと横を向くと、
「よっしゃ完成やな!ほな行こかー」
と腕ごと掴まれて引きずられていた。
「待て!離せ馬鹿者!!」
「馬鹿やないもーん。俺の学年順位知っとる癖に」
「そういう馬鹿ではないっ何処へ行く気だ!?」
「そんなん決まってるやないか。頭悪いなぁセブは」
「おまえにだけは言われたくはない!!」
賑やかに声が階上へ向かっていくのを肖像画の中の人々がくすくす笑いながら見ていた。

「へぇ……それで?どうしてスネイプがここにいるんだい?」
グリフィンドール寮へ再び戻ったキョウとおまけのセブルスを出迎えたジェームズがリーマス顔負けの絶対零度のオーラを纏いながら努めてにこやかに亜麻色の髪の少年に問いかけた。
だが問われた方は気にもとめていない様子でへらりと笑ってみせる。
「何でっての為に薬作ってくれたんやで。連れてきたらあかんかったのか?」
逆に尋ねるキョウの後ろには物凄い勢いで親の敵とばかりにジェームズやシリウスを睨みつけているセブルスがいる。
「ふぅん、まぁ今日ぐらいは仕方ないか」
半眼で何かを言いたげにしながらも口を閉ざすジェームズの後ろには、やはり視線で相手を射殺そうとでもしているのか、 ぎらぎらと敵意に満ちた灰色の瞳で今にも飛びかかろうとするシリウスが半泣き状態のピーターにぎりぎりで止められている。
「いいわけねぇだろっ!!大体コイツはスリザリン生だぜ!?」
我慢しきれずに吼えるシリウスをセブルスは冷ややかに見つめる。
「貴様の所為では風邪をひいたのだろう。原因である人間にとやかく言われる筋合いはない」
「な……んだとぉっ!?」
頭に血が一気に昇ったシリウスがセブルスに殴りかかろうとするが、それより一瞬早くリーマスが素晴らしい手つきで彼に一発撃ち込んでいた。
鳩尾を押さえてその場にへたり込むシリウスを心配するのは間近で見ていたピーターだけ。
「リー……まス、おま……何、すんだよ」
痛みを堪えながら言う黒髪の親友にリーマスはにっこりと天使の微笑を向ける。
の風邪が治るならそれぐらい安いだろう?」
「そうよ!元はと言えば貴方の責任なんですからね。今日ぐらいは我慢してもバチは当たらないわよ」
リリーも腰に手を当てて憤然と顔をしかめるのでついにシリウスは大人しくなった。

「……やっぱり私は帰る!」
「何言うてんねんここまで来といて。今更やんか」
「しかしやはり女子寮に入るのは」
「何や、セブ。見かけによらずストイックなんやなぁ」
の部屋の前で小声で交わされるやり取り。
声は耳に届かなくても人の気配は伝わってはぼんやりと目を覚ました。
起き上がり熱の所為で普段よりさらにぼーっとする頭を動かして入り口の方を見ると、丁度キョウが入ってくるところだった。
その後ろに無理矢理引っ張ってこられたかのような感じでセブルスも続く。
「おかえり〜。今度はセブくんも一緒なんだ」
いつもの三割増でぼんやりと掠れる声を出せば、喉が引きつってごほごほと胸にひびく咳をしてしまった。
「あぁ!もう、無理に声出したらあかんって」
手に持った鍋を脇に置いてキョウが慌てて背中をさすってくれる。
「えへへ」
「笑って誤魔化してもあかん」
べしっと軽くおでこをはたかれて布団に沈み込むをセブルスは心配そうに見つめる。
「熱は高いのか?」
「汗かくために高ぉなってんのやから当たり前やろ。飯食って薬飲んだらすぐに下がるわ」
セブルスの問いに答えながらキョウはの肩に一枚上着を羽織らせて雑炊を差し出す。
「お薬あるの?」
卵雑炊をレンゲですくって少しずつ冷ましながら食べていたがきょとんとした顔でキョウを見上げる。
「そやで〜の為にセブが愛情込めて調合した薬やからな。きっと効き目は抜群やで」
にやにやしながらセブルスに意味ありげに視線を寄越すと、彼は慌てて否定しようと口を開きかける。
「込めてなどっ――」
「ないとは言い切れへんわなぁ?」
だが結局はキョウには見透かされているので全く意味がなかった。
「ホントに?セブくんありがとー」
赤くなってしまったであろう顔をには見られたくなくて顔を背けていたセブルスの耳に彼女の声が届く。
ふやふやと笑っている彼女を見ていたら薬を調合してきて良かったと素直に思う事ができた。
「構わん」とか口の中でぶつぶつと呟くセブルスをキョウは興味深げに見つめる。
滅多に感情を表に出すことの無いセブルスだったが、の前では次々とこうして色んな顔を見せる。
やっぱり恋って偉大やなぁー、などと強引に結論付けてうんうんと一人うなずく彼をセブルスが変なものでも見るかのような目つきで見ていた。


「苦い〜うぇ〜ん」
「当たり前だ。良薬口に苦し、と言うだろう」
「あかんなぁ。は甘党なんやで?配慮が足りなかったってことで今回は星三つやな」
「………何の評価だそれは」




  


完成日
2004/12/25