将来を考えると少しだけ不安になったりする。
学生の本分を全うせよ!
「あーもう駄目やる気が起きねー」
そう言ってシリウスはだらり、と机の上に寝そべった。
羽ペンを投げ出して隣に座るピーターが真剣に変身術のレポートを繋ぎ合わせる様を眺める。
「シリウス辞書使わないなら貸して」
向かいからジェームズの声が聞こえ、シリウスは無言で今まで使っていた辞書を無言でそちらへ押しやった。
「やる気無いならどっか行ってよシリウス。邪魔なんだから」
自分が向いている方とは反対側から聞こえた声にシリウスは顔だけそちらへ向きなおして文句を垂れる。
「だってよー試験勉強なんか今更じゃねーか。ちょっと頭に詰め込んだからってNEWTはどうにかなるレベルじゃねーだろ?」
「それでも僕は魔法薬学を落とすわけにはいかないの。OWLはぎりぎりだったんだから。暇なら手伝ってよ」
「えー」
「ハイ文句言わなーい。まずここから。これって一体どうなってるの」
リーマスに有無を言わせずに付き合わされて、ようやく上体を起こしたシリウスは頭をかきながら教科書を読み始める。
ちなみにここまでの会話は全て小声で交わされている。
何故ならここは図書室であり、司書がはたきを片手に時折鋭い視線をこちらに寄越しているからだ。
「、寝ちゃ駄目よ!あなたまだ変身術のレポート書き終わってないでしょ!」
ジェームズの隣に座るの肩を揺らしながら小声で必死に彼女を起こすリリーがいるが、そんなリリーの努力も空しくは眠りに入ろうとしている。
試験前の図書室は勉強をするためにいつもより人が多かったが、それでも司書の先生が目を光らせているおかげで他所に比べると格段に静かである。
そんな環境でが夢路へ旅立たない訳が無い。
書きかけのレポートの上にくたり、と頭を横たわらせて羽ペンを握り締めたまますやすやと眠る彼女をそれでも起こそうとするリリーに「ご苦労さん」と声がかかった。
「あらキョウ……にセブルス」
振り返ったリリーが言った後半の名前に反応して約二名ほどが殺気を放つが、そんな彼らを笑って見ながら亜麻色の髪の少年はの背後に立つと隣にいるリリーと会話する為に長身の腰を少し折る。
「毎度毎度すまんなー。ー起きやー?寝とったら提出できへんでー」
手にしていた丸めた羊皮紙でぽこぽこと遠慮なく黒髪をたたくと、下から「むぅ……」とかすかに不満の声が聞こえた。
キョウの背後でそれを見ていたセブルスが「もうちょっと他に起こし方はないのか」と眉を顰める。
「そんなん言うならセブがやってみたらええやん。こいつ起こすんはちょっとどころかかなり骨折るで」
「そんなことで苦労するはずなど」
「へー言うじゃねえか。やってみろよ、おまえなんかに出来るわけないけどな」
シリウスが半眼で睨みながら嫌味たっぷりに言うと、セブルスの片眉がぴくりとつり上がる。
重たそうな前髪の奥からぎらぎらと憎悪に満ちた視線をシリウスの方に向け、「ふん」と鼻で笑って彼はを起こそうと肩を軽く揺するが彼女は起きない。
気持ち良さ気に寝息すらたてて熟睡する始末である。
ほらみろといわんばかりに口の端を吊り上げて笑うシリウスを視界から排除してセブルスは今度は少し強めに肩を揺らす。
だがそれでも彼女は起きなかった。
「駄目ね」
リリーが頬杖しながら溜息をつき、リーマスが「そんなんじゃ無理だよ」と教科書を見たまま口を挟む。
ピーターは依然レポートの修復中であるし、ジェームズは榛色の瞳をきらめかせ何事かを企みながら様子を見守っている。
「起きろ」
今度は先ほどよりももっと強く肩を掴んで揺らすが、「むにゃ〜」という言語とはかけ離れた寝言のようなものが返ってくるだけで。
にやにやと笑うシリウスが視界の端にちらりと映った為、セブルスはほとんど意地になっての肩を揺らし続ける。
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」
低く呟きながらゆさゆさと肩を揺すり続ける彼は異様としか言いようが無い。
周囲はいつの間にかそんな彼を放って各々自分の試験勉強に没頭している。
「あ、ねえキョウここ分かる?先生がおっしゃっていたのはこの理論なんだけど」
「どれどれ……」
手近に居たためリリーがキョウに質問を投げかけると、ジェームズがその場に立ち上がって自分をアピールするかのように右手を自身の胸に当てる。
「リリー!分からない所があるなら僕に聞いてくれたらいいのに!!」
「貴方の説明は分かりにくいからいらないわ」
だが彼女の放った一言にあえなく学年主席は沈んだ。
と同じように頭を机に預けてとめどなく流れる涙で落書きだらけの羊皮紙を濡らす。
「でもこれで将来が決まるんだよね」
何気なくリーマスが言った一言にを除くその場の全員が一瞬動きを止めた後に彼の方を見る。
一斉に灰色や緑や榛色などの視線を向けられて、リーマスはちょっとたじろぐ。
「OWLの時はまだ自分の将来なんて模索中だったけどさ、NEWTはそうもいかないだろう?一生の仕事にかかってくるんだし」
僕はどうしようかなーと机の上に組んだ両手に顎を乗せて何処か遠くをみるように呟く。
自分の未来など真剣に思い描く機会を今まであまり持たなかった為か、シリウスやジェームズは少しだけ居心地が悪そうに黙って視線をさまよわせる。
「僕もどうしようかな……得意なものってあんまりないし」
ピーターが自信なさげに言い、シリウスが面白くなさそうに唇を曲げる。
「俺は自立できればどうでもいい。一人で食っていける分さえ稼げればな」
「でもこれで自分の将来が決まるのよ?そんなにいいかげんに考えていいものかしら」
「リリーは安心してていいよ!僕がしっかり稼ぐからね」
シリウスに真面目に考えるように促す赤毛の恋人に向かってジェームズが頬を薔薇色に染めながら求婚まがいな台詞を言うが、
彼女は取り合わず「はいはい」と全く心のこもっていない、なおざりな返答で済ませた。
「貴様らは普段からふざけているからいざという時に迷いが生じるんだ」
ぼそりと言ったセブルスに又もや噛み付くのはシリウスで。
「何だよ。じゃあおまえはもう決まってるっていうのかよ」
秀麗な顔を盛大にしかめて問うと、セブルスは鼻から息を吐き出して「無論だ」と短く言って胸をはる。
「へー……スネイプにも将来とか考える気があったのか。何?何になるのおまえ」
「貴様に教える必要などない」
「へっ、どうせ人に言えるようなマトモな職じゃねーんだろ」
「え!?スネイプってばそんな卑猥な職業に就くの!?」
「ジェームズ何考えてるのさ」
シリウスの言葉に真っ先に反応したジェームズが驚いてわざとらしく恥らってみせると、リーマスが冷静にそんな彼につっこむ。
「だって人に言えない仕事って言うから」
「だからってどうして卑猥なんて言葉が出てくるの。普通に殺し屋とかかもしれないでしょ」
「こ、殺し屋って普通なの??」
ピーターが少しだけ青ざめてセブルスをちらりと見る。
「五月蝿いっ一体何なのだ貴様らの思考は!?真面目に考えてそんな職業を寮監が許すはずないだろう!!」
彼らの勝手な想像に真っ赤になってセブルスが反論する。
そんな親友の肩を宥めるように軽く叩いてキョウが亜麻色の髪をさらりと揺らす。
「まーまーそないに怒るなや。セブの夢はええと思うで?生真面目な性格にぴったりや」
「キョウは知ってるの?スネイプが何になろうとしてるのか」
「当たり前やんジェームズ。俺とセブは心の友なんやで?以心伝心どんなに些細な秘密も共有しあうのが二人の鉄則なんや」
どう見たって嫌がっているセブルスの肩を無理矢理組んでキョウは笑う。
「未来なんか来てみんと分からんもんや。その時その時になって迷うたり間違うたりして自分の道を探さなあかんのやからな」
焦げ茶色の切れ長の瞳をゆっくりと伏せ、彼は続ける。
「どこにも正解なんてあらへんし、誰にも正しい道なんて教えてもらえへんけど、それでも俺らは生きていかなあかんしなぁ」
優しい声音とは裏腹に言葉にはどこか重みがあって、セブルスは普段のキョウからは想像もできないその姿に軽く言葉を失う。
ジェームズは眼鏡の奥の榛色を濃く光らせてキョウを一瞥し、そしていまだに夢の中のにその目を移す。
「ま、恐れてたってしゃあないわ。来るときには何だってきてしまうしな。大事な時に選ぶのを失敗せぇへんかったら人生なんてどうにでもなるもんやで」
元のようにへらりと笑って締めくくったキョウは両手でわしゃわしゃとの黒髪をかき混ぜる。
「う〜」
かすかに身じろいだ彼女の頭をさらにぐしゃぐしゃと撫でる。
「ほら、起きやー。みんな自分の将来の為に頑張っとるんやからおまえもサボったらいかん」
「……はぁーい〜」
渋々といった感じでそれでもようやく身を起こしたの頭を軽くたたいてキョウは「ほな又なー」とセブルスと共にその場を去った。
その背を見送りながらリーマスが「大事な時の選択、か」とぽつりと呟く。
「キョウってやっぱり大人だなー。言葉に重みがある」
「ま、俺らとは違う環境で生きてきたわけだしな」
リーマスが感動しながら言うとシリウスが頭の後ろで手を組んでぐーっと椅子の背凭れに凭れかかる。
「キョウの人生哲学って面白いよね」
「あなたも変なことばかり考えてないで少しは見習ったらどう?」
「酷いなリリー。僕はいつでも真面目にリリーとの未来を考えてるよ」
「はいはい。それはもう聞き飽きたわ」
今度もおざなりに返事を返されたが少しもめげないジェームズの向かい側では、ピーターが完成間近のパズルのようにばらばらだったレポートと最後の格闘をしている。
はというと。
「ちょっと!!また寝たら今度こそ間に合わないよっ」
うとうとしだした彼女を偶然見かけたリーマスによって羽根ペンを再び手に握り、隣に座るリリーによってじっくり監視されながら変身術のレポートを書き出したのだった。
まだ先のことだって思っているけれど、それがそんなに遠くない未来のことだっていうことも知っている。
将来の自分を思い描くのはとても困難で、不安が尽きないものだけれど。
それでも。
少しずつでも明日に向かっていければいい。
大切なものは一人一人違うだろうけれど。
少なくとも今ここに居られる時間が尊いものだということは何となくでも判っているのだから。
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完成日
2005/02/19