彼が持ってきたのはなんとも素敵な招待状だった。
保護者に許可済み強制連行
「久しぶりに家に帰るなー……」
ベッドの上でそう言って寝転ぶのはジェームズ・ポッターだ。
寝転びながら教科書やノート類を整理しつつまとめ、脇に置かれたトランクに放り込んでいく。
「ジェームズ僕の替えのネクタイ知らない??」
右隣のベッドの向こうからピーターの声がするが、ジェームズは「知らないよー」と暢気に答える。
左隣の二つのベッドでは恐らく死闘が繰り広げられているのだろうが、そちらはカーテンをして視界に映らないようにしているので問題ない。
「こんなにいいかげんに丸めただけでトランクに収まるわけないだろうがっ」
シリウスの怒号が分厚い布越しに耳に響く。
続いて聞こえてきたのはそんな彼とは対照的に穏やかにのんびりしたリーマスの声だ。
「おかしいなー来るときはちゃんと入ってたんだよ?」
「それはおまえのご両親が涙ぐましい努力をしたからだ!きっと!!」
「じゃあどうしようか、このままじゃ僕汽車に乗り遅れちゃうかな」
しばしの間があった。
シリウスの中にある葛藤が手に取るように分かってしまい、毎年の事ながらご苦労様だよなーとジェームズは心中でこっそり彼を労い、
ついでにリーマスには敵わない星の元に生まれついてしまっている彼の数奇な運命に合掌した。
羽ペンの数を数えながらジェームズがそろそろかなーと思ってカーテンの隙間からひょいと左隣の二つのベッドを見ると、シリウスが「あーもうっおまえどいてろっ!!」とリーマスの分の荷物を片付け始めたところだった。
「狼には勝てない黒ワンコ……憐れな」
呟くと、必死になって洗濯物をたたむシリウスの肩越しにリーマスとばっちり目が合ってにっこりと微笑まれた。
その笑顔に何やら薄ら寒いものを感じたが、ジェームズもかろうじてへらりと笑い返してベッドの天蓋に取り付けられたカーテンを勢い良くきっちりしっかり閉めなおした。
「ジェームズ僕の靴下片方知らない?」
またもやピーターの声。
「知らないよー」
同じように返すジェームズ。
こうして約一名が慌しく忙しない状況にありながらも、悪戯仕掛人達は無事にホグワーツ特急に乗ることが出来たのだった。
「それで結局またシリウスがリーマスの分も荷造りしたっていうのね」
はーっと深く息をついてリリーが自慢の赤毛をくるくると指先でもてあそびながら黒髪の美丈夫に労わりの視線を向ける。
リリーの向かいに座るシリウスは、出発前に二人分もの大きな荷物を片付けた所為でいささかぐったりしているように見える。
その隣に座るリーマスは相変わらずにこにこと微笑みながらハニーデュークスの新作チョコを頬張っている。
そんな二人の様子にリリーはもう一度大きく溜息を吐き出した。
リリーとジェームズの間ではがうとうとと舟をこぎながらまどろんでいて、時折ふらふらと揺れる頭をジェームズかリリーが支えてやっている。
ピーターは先程トイレに行くといって席を立ったきりだ。
「リーマスって見かけによらずずぼらなんだよね。いまだに自分の荷物の整理もできないし」
本に目を通しながらジェームズが言うと、リーマスが口の中のチョコレートをきちんと飲み込んでから反論する。
「人には誰だって苦手なことの一つや二つ、あるものだろう?」
「……それにしたっておまえのそれは常識の範囲外だ」
疲れた声でげっそりとシリウスが呟き、リーマスは隣に座る親友に邪気のない笑みで笑いかける。
「感謝してるよ。ありがとう、シリウス」
「うっ……」
それを見たシリウスが言葉につまり、何事かを逡巡した結果、力なく肩を落とすのも常のことだ。
力関係が如実に見て取れる。
興味深そうにそれらを眺めているリリーや、本格的に寝息を立て始めたの頭を肩にもたせ掛けながら読書に集中しだしたジェームズ。
しばらくコンパートメントの中に穏やかな時間が流れる。
「そうだリリー。今年は僕の家に遊びに来てよ」
ふと思いついたようにジェームズが言った。
「夏休み中に一度も会えないのは寂しいしね」
と輝かんばかりの笑顔で付け足す。
「そうねぇ」
そんな恋人を焦らすかのようにリリーは深く考え込む素振りを見せる。
ジェームズはそんな彼女を見ながらもう一押しかな、と思う。
「庭でキャンプしてた居候はいなくなったし」
「悪かったな」
シリウスが半眼でジェームズに心のこもっていない謝罪をする。
「僕も遊びに行こうかなー確かに休み中暇になるよね。学校の日常に慣れてたら」
リーマスが微笑みながら今年度の悪戯を思い返す。
一番の傑作は大広間へ続く大階段に真紅の薔薇を敷き詰めて管理人を耽美な彫像に仕立て上げたことだろうか。
思い出し笑いを堪えきれずに肩をふるわせるリーマスの隣でシリウスが大きく伸びをして面倒くさそうに呟く。
「俺はまず家の大掃除から始めなきゃな」
「日曜日にはご飯食べに来るんだろう?父さんも母さんもそのつもりだって言ってたよ」
「遠慮なくご相伴に預かるつもりだ。ありがとうな、ジェームズ」
ふっと、灰色の瞳をゆるませてシリウスがジェームズの眼鏡の奥の榛色を見る。
「どういたしまして?」
本を閉じて、穏やかに答える。
二人の間に余計な言葉はいらない。
深い信頼と友情が其処に確かにあるのだから。
「美しい友情の邪魔をするのは忍びないんやけどなー」
言葉を交わさずに視線で気持ちのやりとりをしていたシリウスとジェームズに特徴のある話し方の明るい声音が割り込む。
がらり、とコンパートメントの扉を開いて入ってきたのはキョウとピーターで、その後ろにどうしてだか非常に迷惑そうなオーラを放出しているセブルスの姿も見える。
その姿を見て反射的に腰が浮いたシリウスだったが、リーマスがわざとなのかそうでないのか恐らくわざとなのだろうが「ちょっとコレ持ってて」と何故か百科事典を取り出して彼の膝に置いた為、それは儘ならなかった。
「何でピーターと一緒なの?」
「えっと……ここに戻る途中でばったり会って……わ、わ、シリウスもジェームズも怒んないでよ」
リーマスの問いに二人の視線を非常に気にしながらピーターが答える。
「あ、キョウだー」
彼の声で起きたのか、それとも場の騒がしさに目が覚めたのか、がぱっちりと両目を開いて亜麻色を確認しへらーっと笑う。
「おー、もう少しで駅に着くからなーそのまま起きときや?」
「はーい」
ほのぼのとやり取りされる二人のすぐ側ではどこか禍々しい雰囲気を醸し出しながら睨み合う魔の三角形が出来上がっている。
「何か用があって来たんじゃないの?」
その様子に呆れて溜息をついたリリーがキョウに向けてそういうと、彼は「そうやった」と懐を探り、紙の束を取り出した。
「ほれ」
と無造作にセブルスと睨み合い続けるシリウス、ジェームズの鼻先に突き出す。
「え?」
「は?」
突然目の前に飛び出した綺麗にたたまれた手触りのいい見慣れぬ紙は薄い水色で、表に返して見てみると柳のような細く流れるような筆跡で何かが書かれていたが、読めなかった。
リリーもリーマスも覗き込むが、やはり二人にもその文字は読めない。
「えーっと、誰から?この手紙」
頬をかきながらジェームズが困惑した顔でキョウを見上げると、彼は少し眉尻を下げて笑い「俺の師匠からの素敵な招待状や」と答えた。
「何でそんな人が俺達に手紙くれるんだよ?」
益々訳が分からないといった風にシリウスが呻く。
読もうにも文字が読めないのだからお手上げだ。
「は……たし……じょ、う」
ジェームズの腕に掴まりながらが彼の手の中の手紙の表書きをゆっくりと読み上げ、そして小首をかしげて「ジェームズお師様と決闘するの?」と可愛らしく問いかけた。
「はぁー??」
秀麗な顔を盛大に曲げてシリウスが自分の手元を見る。
「あ、二人とも書いてあることは一緒やで」
キョウが親切にそう教えてくれた。
「ちょっと待って。何で僕とシリウスがやキョウの師匠に喧嘩売られてるの?」
「まー中身読めば分かるやろうけど、内容を要約するんやったら『ウチの子が大変お世話になったわねー覚悟しとけよ小僧共』やな」
「ウチの子って、やっぱり?」
「それしかないわよ」
リーマスが疑問に思いリリーが確信を込めて頷く。
「はぁ??益々意味が分かんねー何で俺がそんなこと」
「シリウス、に風邪ひかせたやろ」
心底謎に思った顔のままシリウスが手紙をつまんで掲げ見ているのでキョウが苦笑して思い出させる。
「そんでジェームズはに余計なこと言うたやろ?全部ウチの師匠につつぬけやねん。ま、そういうわけでお二人さんは俺らと一緒に蓮さんの元へ来てもらうで」
「え?何で??」
「たーっぷりお礼がしたいそうや。シリウスとジェームズに。己の半生を心の底から悔い改めたくなるような体験が出来るから楽しみにしとき」
快活に笑ってキョウが言うが、その言葉にジェームズとシリウスは少しだけ青褪める。
「キョウやの師匠って確かすごい魔女だったよね。ダンブルドアも一目置いてるって聞いたことがあるよ」
リーマスが何気なく付け足すと、二人の顔色は益々悪くなった。
「でも僕ら一度家に戻らなきゃ!両親の許可を得てからじゃないと」
思いついたように何処か必死に言うジェームズにキョウはあははと笑う。
「安心しとき、親には了解済みや。勿論シリウスの保護者にもな。蓮さんの根回しは完璧やで」
無駄に爽やかに言ってのける彼に二人はついに沈んだ。
そんな二人をごく自然に無視しながらリリーがのくしゃくしゃになった髪を手櫛で整えつつ考え込む。
「わたしも行こうかしら。夏休みにに会えないのは寂しいし」
「あ、じゃあ僕も行こうかな」
リーマスもそれに同意する。
「ええでーピーターも一緒に遊びに来ぃや。一回家に戻って八月に入ってからぐらいがええなー。庭に蒔いといた向日葵が綺麗に咲いてる頃や」
あっという間に夏の楽しい予定が出来上がる中、ただ一人むっつりと黙ったままのセブルスには黒曜の双眸を向ける。
「セブくんは来ないの?」
「行かん」
素っ気無く答えたセブルスにキョウは苦笑する。
「セブはなージェームズ達が来るんやったら来たないんやって」
当然だ、と言わんばかりに依然肩を落としたままのジェームズとシリウスを忌々しげに視界に入れ、そしてすぐに逸らした。
「さみしいなー……夏中セブくんには会えないのかー」
しょんぼりとに項垂れるを見てセブルスは眉をぴくりと動かす。
何度か忙しなく視線をあちこちに彷徨わせると、ぼそり、と小さく告げる。
「手紙を……送る」
それを聞いたがゆっくりと顔を上げて、にっこりと嬉しそうに頷くのを見て、彼の鉄面皮が少しだけ和らいだ。
だが、すぐにここが何処で誰がいるのかを思い出したのか、ごほんと大きく咳払いをして又元の仏頂面に戻ってしまった。
そんな様子をリリーは「あらあら」とか思いながら眺め、リーマスは「ふぅん」と多少面白くなさそうに唇を尖らせ、キョウは親友の背中をばしばし叩いて逆にセブルスに杖を向けられていた。
やがて車窓の外に見慣れた街並みが現れ、汽車がゆっくりとスピードを落とし始める。
もうすぐキングズ・クロス駅に到着するという車内アナウンスが流れ、私服に着替えた生徒達が待ちきれないのかコンパートメントの外に飛び出していく。
そんな中、シリウスとジェームズの二人はぐったりとしてまるで椅子から立ちたくないといった様子で座り続けている。
「これほど憂鬱な夏休みは初めてだよ」
「得体が知れない分何されるか分かったもんじゃねー……」
まだ見ぬ相手に早くも恐怖を抱きながら二人はリリーに怒られてリーマスに蹴飛ばされるまでこのまま汽車がホグワーツに戻ってくれないかなーと淡い希望を持っていたのだった。
前
次
完成日
2005/03/04