八月に入り二週目、夏休みの残りも一ヶ月を切った。
太陽が目に痛いほど眩しい日にリーマス、ピーター、リリーの三人が約束どおり蓮の家へ遊びにやってきた。
手にはそれぞれ旅行用の小鞄を持ち、玄関から入ってきた三人は外と中の様子のあまりの変わりようにぽかんとしていた。
そんな彼らに嬉々として駆け寄ったのはジェームズ。
「リリー!!逢いたかったよ元気にしてたっ!?」
両腕をめいっぱい広げて「さあ僕の胸に飛び込んでおいで」とさも言わんばかりに期待を込めて愛しい恋人を待つ。
小花柄のワンピースに少女らしく花の飾りのついた帽子を被っていた赤毛の美少女は、しかし自分の恋人など見向きもしないで一人の少女の元へと一直線に小走りで駆けて行く。
「!」
「あーリリー」
「逢いたかったわ!元気にしてた?」
「うん。元気元気〜」
そのままひしとを抱きしめるリリー。
腕の中でほややんと微笑う。
空回った二本の腕を空中に空しく広げたまま笑顔で固まるジェームズ。
傍で見ていた彼の親友達は「ま、こうなるだろうと思ってたし」「いつものことだしな」「でもジェームズほんのちょっとだけかわいそう」だなどとのんびりと事態を傍観している。
その後ひとしきり再会を済ませた女の子二人が手を繋いで家の奥に引っ込むと、リーマスはシリウスに荷物を持たせてその後に続き、最後にピーターが一応申し訳なさそうに「あの、ジェームズ先に行ってるよ?」と控えめに声をかけていった。
その場に残ったホグワーツの紛れもない首席はその後しばらくショックから立ち直れなかったという。
安らかなる日々
酷い、あんまりだ、リリーは僕をこれっぽっちも好きじゃないんだ、と部屋の隅で湿り気を帯びながら一人寂しく畳の上に『の』の字を永遠と生産し続けるジェームズ。
そんな一応は恋人の彼をきっぱりすっぱり無視しながらリリーは興味深げに日本家屋の内部を見回し、隣にちょこんと座るの涼しげな萌黄の浴衣を「可愛い可愛い」と何度も褒める。
「そないに気に入ったんやったら後でリリーの分も仕立てたろか?」
冷たい麦茶を人数分、運んできたキョウが笑いながら言った。
海老茶の着流しを粋に着こなし、こうしているととても同い年とは思えないな、とリーマスはぼんやり思う。
「本当?作ってくれるの?」
キョウの申し出に目を輝かせたリリー。
彼女だってお年頃の女の子。
お洒落には人一倍関心があるのだ。
ましてや日本という異国の文化を体験できるまたとないチャンスである。
「ええで。浴衣一枚縫うぐらいやったら一晩あればできるしな。奥の部屋に反物がぎょうさんあるから、後で好きな生地選び」
「ありがとうキョウ!すごく楽しみだわ」
眩しいくらいに笑顔になるリリーはついでとばかりに横で麦茶を大人しく飲むに抱きつく。
それを横目にしながらシリウスは「何でいちいちに抱きつくんだよ」と何処か苛立たしげに羨ましげにぼやき、
「だって君らはずっと一緒だったけど僕やリリーは本当に久しぶりなんだから」と隣でずずずっと麦茶をすするリーマスが言葉は穏やかに、しかし視線はバナナで釘が打てるほど氷点下の温度でにっこりと微笑む。
「君のことだからどうせ何も出来なかっただろうけど一応聞いておくよ。何も無かったよね?」
微笑みながら背後に修羅を背負う器用なリーマスにシリウスは脅えてかくかくと首を前後に勢い良く振って頷く。
「ジェームズ!ほらもう元気出してよ。リリーがみたいな格好するって言ってるよ?きっと綺麗だよ、ね?」
壁に向かって体育座りのジェームズを唯一ピーターだけが必死に慰める。
他の二人は今は別のことでとにかく忙しい。
頭を下げるのに必死だし、にこにこ迫力のある笑顔を持続させるのにだって実は結構力がいる。
「騒がしいわねぇ、何の騒ぎ?」
ふわぁーと大きな欠伸を隠しもせずにやってきたのは蓮だ。
寝起きの所為か髪は乱れているし、寝巻きの浴衣は胸元も裾も盛大にサービスしまくっている。
「うわー綺麗な人だなー」
と、リーマスは素直に感想を述べ、
「あ、あ、あああああのっ!その、僕どどどど何処を見たらいいのかっ」
真っ赤になって固まってしまったのはピーターで。
「もうちょっと気ぃ使えよ!」
微かに頬を染めて怒鳴るのはシリウスで、ジェームズはと言えば未だに壁に向かってぶつぶつ独り言を唱え続けていた為に蓮に「鬱陶しいわねぇ家の中が湿気るじゃない落ち込むなら外で落ち込みなさいよ」と冷たくあしらわれて落ち込みに更に拍車をかけていた。
「あらー?何か人数増えてない?」
居間に座る子供達の人数を寝惚けた頭のまま何とはなしに数えてた蓮が首を傾げる。
蓮の為に熱い茶をわざわざ淹れて戻ってきたキョウがその様子に軽く呆れる。
「今日からもう三人増えるて昨日も言うたやないですか。もう忘れはったんですか」
「んー?そんなことも言ってたかしらねぇ?まぁいいわ。ようこそイギリス生まれの魔法使い見習いさん達。万屋懐古堂の主の蓮よ、よろしく」
お茶を啜りながら軽く片手を振って適当に挨拶。
「はぁ……どうも。リーマス・ルーピンです」
「リリー・エバンズです。お世話になります」
「ピーター・ペティグリューです。ど、どうも」
麗しい美人のお姉さんに微笑まれて三人は緊張気味に名を名乗る。
「やキョウの師匠がこんなに若くて綺麗な人だとは思わなかったよ」
感心したようにリーマスが言うと、蓮は笑みを深める。
「あらぁいい子ね。素直な子は大好きよ」
「騙されたらあかんで。こんなんでも師匠はホグワーツの有史より前から生きてるかもしれへんのやからな」
神妙な面持ちで声を潜めるキョウの後頭部に空になった清水焼の分厚くて重たい湯呑みが物凄い勢いでクリティカルヒットする。
痛さに声も出ずに悶絶する弟子を半眼で見ながら蓮は口元に薄ら笑いを浮かべる。
「女の年齢はいつの時代どこの場所でも最重要機密なのよ。黙っとけ馬鹿弟子」
「お師様〜キョウ軽く意識不明だよ?」
畳にうつ伏せたままぴくりとも動かない兄弟子をつつきながらが小首を傾げる。
その様子を青褪めたまま手を取り合ってがたぶる震えて目を逸らしたいのに逸らせない状況に陥ってしまっているのはジェームズとシリウス。
互いに声も出せずにひたすら部屋の隅で縮こまっている。
「何やってるのかしら」
とはリリーの言葉で、
「トラウマでもあるんじゃないの?」
軽く受け合うのはリーマス。
ピーターは引き攣った顔のままグラスを片手に固まっている。
「そういえばもうすぐお祭ねぇ」
蓮は我関せずといった風にのんびりと座卓に頬杖をつき、煙草盆と煙管を取り出す。
「夕方には本家の子が挨拶に来るだろうから対応お願いね、キョウ」
「はいはい分かってます。ってーもう、蓮さん乱暴やなー頭へこんだらどないしてくれはるんですか」
後頭部をさすりながらキョウがようやく回復する。
「あんた人より丈夫だから平気でしょ」
「そらそうやけど、限度ってもんがありますやろ。一瞬本気であの世に逝きそうやったやないですか」
反省はおろか、心配の欠片すら見せない蓮に仕方ないとは思いつつも一応抗議をしてみる。
すると蓮は煙草の煙を吐き出してから意味有り気に微笑む。
綺麗な微笑だったが、どこか含みがあるような気がしてならない。
「そうなったら願ったり叶ったりなんじゃないの?」
師である彼女の言葉にキョウは一瞬言葉を詰まらせたものの、それを他人に気付かせることなく困り顔で情けなく笑ってみせる。
「そんなわけ、ないですよ……ってこらこら!こぶ出来とるんやから触んなや」
「えー」
「何やその不満げな態度は」
幼馴染兼兄妹弟子の頭を軽く小突いて、思い出したように付け足す。
「そや、蓮さん。リリーに浴衣縫ったげよう思てるんやけど、反物使てええですよね?」
空になったグラスや先程自分の後頭部を直撃した湯呑みを盆に片付けながら聞く。
「いいわよー好きなの選びなさいな。お祭には浴衣着て行ったらいいじゃないの」
「やって。良かったなリリー。蓮さん目利きだけは確かやからええ物いっぱいあるで」
「だけとはなによ、だけとは。その他諸々完璧でしょ」
「え、本当?ありがとうございます!」
リリーが座ったままぺこりと頭を下げる。
頬を軽く紅潮させる彼女をがじっと見つめる。
「リリー、嬉しい?」
ことり、と首を傾けて訊く。
「嬉しいわ!ニホンのキモノって一度着てみたかったもの。本当にそんな機会が巡ってくるなんて!」
それにと同じ格好ができるし、と彼女が本当に嬉しそうにそう言うから、もふにゃりと微笑んだ。
「リリーが嬉しいならわたしも嬉しい」
無垢な笑顔に一瞬誰もが見惚れる。
そんな少年少女達を煙管を手にしながら蓮は穏やかに眺めていた。
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完成日
2005/06/18