提灯に灯りを燈せば浮き上がる光の輪。
優しい光に照らされて、心は何処へ向かうのか。
幻夜夏祭
からころと、下駄を鳴らして連れ立って歩く浴衣姿の少女が二人。
黒髪の小柄な少女は紅色の地に蝶の模様、赤毛の異国の少女は紺地に緑や黄色の流水柄、それぞれ帯を片蝶結びと一文字に締めて。
赤毛の少女は自慢の髪を結い上げて、本物の花を飾って少しだけおめかししてみたり。
黒髪の少女はゆるく編んでおさげにした髪に小さな生花をたくさん挿して。
それぞれいつもと違った風に見えるのは、衣装の所為か祭の所為か。
「二人共可愛いね」
シャツに綿パンツというラフな格好をしたリーマスがそう言えば、リリーがぱっと振り返ってにっこりする。
「キョウに選んでもらった柄なのよ」
「おまえこういうこと才能あるよな」
「なんやシリウス、おまえも見立てて欲しかったんか」
「いや、いーよ俺は。あの格好、ってかおまえもだけど。暑そうだし」
「そうなの?暑い?」
ちょこちょこと歩きながらピーターが隣を歩くキョウを見上げる。
粗い縦縞模様の浴衣を着こなす彼はやっぱり姿勢が良くてカッコいい。
ぴんと伸びた姿勢は実際の身長よりも高く見えるから当然だ。
そういえばシリウスも何だかんだいって姿勢はいいよなーとリーマスはの側へ行く親友を観察する。
「ジェームズは悪いよね」
「……酷いな、僕の何が悪いのさ」
聞こえないつもりで言ったのだがどうやら耳に入っていたらしい。
さっきまで少し距離を置いて歩いていたはずのジェームズがいつの間にか気配も無く隣にいたことにリーマスは少しだけ驚く。
「考え事は纏まったの?」
右側を歩くジェームズを少し見上げて問えば、どうしてそれを、とでも言いたげな視線が眼鏡の奥からこちらを見ていた。
その様子に酷いなぁ、と少し笑って言ってやる。
「親友のことぐらい分かるよ。何となくだけど。ここ二、三日様子が変だったし」
「そんなに分かりやすかったかな」
ぺたりと自分の手を頬に当ててジェームズが困ったように眉尻を下げる。
リーマスはゆるく首を振って否定する。
「気付いてるのは僕だけだよ。みんな素直だから」
そっか、とジェームズは小さく呟いて、困ったなーリーマスは勘がいいから、と両手を組んで頭の後ろにやりながら暮れ始めた空を見上げる。
夏の濃い夜が東から迫って来ている。
風に乗って人々のざわめきと笛の音が聞こえる。
「色々と信じられないことがいっぱいあってね。でも本当に全部が真実かどうかも分からないんだ」
「そう」
「僕の悪い癖なんだけど、余計なことに首を突っ込むのって。分かってはいるんだけど直らないんだよなー」
「でも僕はジェームズのその余計なことに首を突っ込む習性のおかげで今こうしてここに居られるんだから、感謝してるよ?」
自嘲気味に笑うジェームズの顔を見ないで、リーマスは一歩大きく踏み出してそう言った。
背後の気配が思わずぴたりと立ち止まる。
鳶色の髪を無造作にくくった、後ろ髪をさらりと翻して笑って言ってやる。
「思ったとおりにすればいいよ。間違ってたら後で直したらいい。困ったことになったらシリウスにでも言ってみたら?僕らは何の為の“親友”なんだい?」
ぽかんとしたジェームズの表情が言葉の意味を理解して次第に緩まる。
相好を崩して笑う黒髪の親友は勢い良く追いついて、リーマスの細めの首に思いっきり腕を巻きつけた。
「それでこそ親友!」
「でも面倒事は嫌だからしんどいことはなるべくシリウスにまわして」
「了解」
本人が聞いていないことをいいことに、好き勝手に言い合う二人をが振り返って呼ぶ。
「置いてっちゃうよー?」
「うん、今行くよ!そうだね、考えてたって意味が無い。今日は楽しむことにするよ。折角も可愛いし、僕のリリーも綺麗にしてもらってるんだから」
「そうだね」
リーマスが頷いて、ジェームズと共に提灯で飾られた並木道で待っている五人の元へ駆け足で近寄った。
途中走りながらジェームズはリーマスを見る。
「で、僕の何が悪いって?」
聞かれたリーマスは質問者の顔も見ないで即答する。
「姿勢」
「………」
ジェームズは少しだけ意識して背筋を伸ばしてみた。
わたあめ、金魚すくい、ヨーヨー釣り。
輪投げ、たこ焼き、射的にりんご飴。
お好み焼き、焼きそば、型抜き。
夏祭りの場となっている神社は参道から両脇にずっと夜店が立ち並んでいる。
焦げるソースのにおいや楽しそうな子供の笑い声につられて一行はあちこちお店を冷やかしながらぶらりぶらりと歩いていた。
「ほぁらっ!ふぁへふぃふぃーにふぃあいほう!!」
「何言ってんのか全くわかんねーぞ」
口いっぱいにポップコーンを詰め込んだ意地汚い姿の親友を見るシリウスの目が冷たい。
他人のフリをしていたいと思っているのだから当然だ。
「口ん中にモノ詰めたまんま喋るんは行儀悪いで。ジェームズ」
ラムネを片手にキョウが呆れたように笑い、隣でクレープを小さな口を動かして黙々と食べ続けるがこっくりと頷く。
大判焼きの後にわたあめ、たい焼きを三つ平らげた後に今度はチョコバナナを手に持つリーマスをピーターが必死で止めている。
「ねぇっリーマスそれ以上食べたら駄目だよ!糖分は取りすぎると身体に良くないってマダム・ポンフリーが言ってたよ!?」
「大丈夫だって。このくらいまだまだ余裕だよ」
にこにこと上機嫌で胃の中にお菓子をしまっていくリーマスを見ているピーターの方が先に胸焼けを起こしてしまいそうだ。
「あら、この髪飾りに似合いそう」
露店のアクセサリー屋の前でしゃがむリリーに店主が明るく話しかける。
「いらっしゃい嬢ちゃん。ゆっくり見てってくんな」
黒い布地の上に並べられたたくさんの装飾具。
どれもが精緻な銀細工で、それぞれ色とりどりの小さな天然石が控えめに嵌め込まれている。
中心に赤い玉を抱くように二匹の蝶が象られている。
手に取ってしばらく眺め、リリーは振り返ってを手招きする。
「なぁに?」
からころと下駄を鳴らしてやってきたをしゃがませて、編まれた髪の先に髪飾りをとめる。
「やっぱり!似合ってるわ」
自分の見立てが正しかったことに手を叩いて喜ぶリリーにはちょこんと首を傾げる。
「これいただくわ。つけたままでいいかしら」
「いいよ。嬢ちゃん達可愛いからおまけしてやるよ」
精悍に笑う店主にリリーはにっこり笑いかける。
そんな彼女の袖をがちょいちょいと引っ張る。
「リリー、これ」
自らの髪の先につけられた髪飾りを指差して、見上げてくる彼女にリリーは思わず抱きつく。
「にあげるの。プレゼントよ」
「プレゼント?」
腕の中で僅かに首を傾けるにキョウが後ろから声をかける。
「似合うとるやん。良かったなぁ」
「んー」
キョウの言葉の後にリリーの腕の中で何かを考えていただったが、そのままくるりと露店の方を向く。
どうしたの、とリリーが訊くのにほやんと微笑って応じる。
「リリーにもプレゼント」
「まぁ!嬉しいわ、」
感激したリリーが更にぎゅうとを抱きしめる中、ポップコーンを全て胃に流し込んだジェームズが二人の方へやってきて素早く露店の商品を品定めすると、花の細工のペンダントを指差して愛しい恋人に話しかける。
「ね、ね、リリー。これなんかどう??」
が、返ってきたのはシリウスの「そんなのよりこっちの方がいいんじゃねーの」というおざなりなアドバイスと、リーマスの「僕も何か買おうかな。日本土産になるし」というどうでもいい話と、
ピーターの「あ、じゃ、じゃあ僕も」というおずおずとした態度とそれをからかうキョウの「お、何やピーター。意中の娘にでも贈り物するんか?」という言葉だけで。
肝心のリリーはというとにくっついたまま嬉しそうにはしゃいでいる。
「ジェームズ……」
後ろ頭にシリウスの同情がたっぷりこもった視線を感じるが、握り拳を決意の形にして堪える。
「大丈夫!これぐらいでへこたれてたらこの先やってけないからね!リリーの中で僕の位置なんて大イカ以下だから」
明るく答える親友の姿にシリウスは何となく乾いた拍手を送ってやりたくなったが、何だか格好悪い気もしたのでやめておいた。
それを見ていたのか、がリリーの腕からするりと抜け出してジェームズの前に立つ。
「ん?何だい」
問うジェームズの腕を引っ張って、リリーの横に連れてくる。
「あのね、リリーへのプレゼントはジェームズが選ぶの。それでジェームズにはわたしが選ぶの。これでみんなプレゼントしあえるでしょ?」
ね、とにこりと微笑む彼女に二人は思わず顔を見合わせる。
膝を折って、早速『プレゼント』を見繕い始めるを眺めていた二人だったが、やがて同時に笑みをこぼした。
「かなわないなぁ、には」
「ほんとに可愛いんだから!」
それぞれを挟むようにして両脇にしゃがみ込み、あれがいいこれがいいと指差し時にふざけながら、時に真剣に品定めをする。
浮かぶのは笑顔ばかりで、そっと離れてその様子を眺めていたキョウは切なそうに顔を歪める。
「良かったな」
小さく呟かれた言葉の真意を知る者はいない。
祭囃子が耳に馴染む頃、空に咲いた大輪の花にイギリス組は一様に感嘆の声を上げる。
花が開いた後に次いで聞こえる大きな音に思わず耳を塞いだピーターをキョウが笑う。
未だに揚げ菓子の袋を抱えるリーマスを、花火の合間にシリウスが怒鳴りつける。
食べすぎだ、とか胃がおかしくなるぞ、といった声も夜空を照らす花火の前に次第に小さくなっていった。
上を見上げたまま、ジェームズは隣に立つリリーの手をそっと握る。
彼女の左手、薬指にはジェームズが選んだ細い花の細工の指輪がはめられている。
そしてジェームズの左手にもが偶然にも選んだシンプルな造りの指輪がある。
先に選んでさっさと買ってしまったにリリーの分のプレゼントを選び終わったジェームズが何を買ったのか問うと、袋の中から出てきたのがこれだったのだ。
「リリー」
花火の轟音にかき消されないように、耳元近くに口を寄せて。
甘く囁くようにジェームズは愛しい名前を舌に乗せる。
「に感謝しないといけないわね」
ジェームズが言おうと思っていたことを先に言って、リリーがそっと顔を件の少女へ向ける。
シリウス、リーマスに両隣を固められながら、は夜空に浮かぶ火花の芸術を鑑賞している。
「そうだね」
短く答えたジェームズの右手に絡められた指先にきゅっと力が篭る。
それに気付いたくしゃくしゃの黒髪の少年は大人びた微笑を浮かべると、そっとその手を握り返した。
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完成日
2005/07/09