列車はゆくよホグワーツ



ホグワーツ特急は年に二回運行する。
その内の一回、九月一日にキングズ・クロス駅九と四分の三番線のホーム上には魔法使いの卵とその家族で溢れ返っていた。
リリー・エバンズはホグワーツに入って今年で七年目、最高学年になった。
そして毎年同じ行動を繰り返していた。
それは二年目の新学期から始められたことなので、今年で通算六回目になる。
深い色味の赤毛を揺らし、彼女は列車の最後尾へ向けて探し物でもするように早足で周囲を見渡しながら歩き続ける。
出発まで残り十五分。
もう時間はあまり残っていない。
心なしか少し焦り、途中出会う友人達に返す挨拶もおざなりに、彼女はさらに足を速める。
「リリー?」
ふと、聞き慣れた声を耳にしてリリーは足を止めようかどうか迷った挙句、結局立ち止まった。
「久しぶりね、リーマス」
夏休みにの故郷へ行って、一斉にイギリスへ戻ってきたのが二週間前。
祭があった次の日だった。
その間、リーマスはまた少しだけ身長が伸びたらしい。
彼はリリーに「久しぶり、というほどでもない気もするけどね」と返すと、そわそわと落ち着きのないリリーの様子に軽く首を傾げる。
「ジェームズが君を捜していたよ」
「そう」
恋人であるはずのジェームズが自分を捜していると聞いてもリリーは淡白にそう答えただけだった。
その様子にリーマスは今年もこの調子では苦労するんだろうなぁと、ひそかにジェームズに同情した。
「ねぇ、そんなことよりもを見なかった?」
あぁ、そんなことよりって言われてるよジェームズ。
リーマスは本気で親友を憐れんだ。
しかし彼にとってもジェームズなんかよりリリーの口から出たの方がはるかに大切で優先すべき事項なので、プロングズへの憐れみは三秒で終わらせた。
「見てないけど。みつからないの?」
「そうなのよ!もう出発まで時間がないのにっ」
リーマスと話しながらもリリーの目はせわしなく辺りを見回し続けている。
「もう列車に乗っているんじゃないかな」
「それならいいんだけど……」
出発寸前の汽車からは汽笛の音がけたたましく鳴り響く。
「きっと中でリリーのことを捜しているよ。僕らも乗ろう。後ろから見ていけば必ず会えるよ」
なだめるようにリーマスが言い、リリーはようやく頷いてホグワーツ特急に乗り込んだ。
乗車してまもなく汽車は動き始め、リリーとリーマスはリーマスの分のトランクを押しながらコンパートメントを一つずつ確かめる。
半分ほど進んだところでリリーが泣きそうになりながら「やっぱり乗り遅れたのかしら」と言うのをリーマスは慌てて慰める。
「大丈夫だよ。は一人で来ているわけじゃないんだし」
「そうよね……大丈夫よね」
二人しての保護者代わりの彼女の幼馴染兼兄弟子の姿を思い浮かべる。
単体だとその行動が不安でならないが、彼女の傍には常に彼の姿がある。
リーマス個人としてはそこは面白くない所なのだが、が無事に学校へ辿り着くためには我慢しなくてはならない。
真ん中より少し前の車両に来て、リリーは立ち止まった。
「ここに席を取ってあるのよ。リーマスも荷物を入れておいて」
「うん。ありがとう」
言ってコンパートメントの扉を開けると、その向こうには見知った顔が二つ。
言うまでも無くジェームズとシリウスである。
「よう、遅かったな」
「リリー!今まで何処に行ってたんだい?」
窓際で悠然と足を組むシリウスと、リリーの姿を見るなりぱっと立ち上がるジェームズ。
それを見てリリーは露骨に嫌そうに顔をしかめる。
「どうしてあなたたちがここにいるのよ」
「どうしてって、だってこれおまえの荷物だろ」
リリーの言葉に答えたシリウスは足元のトランクを指差しつつ「なァ?」とジェームズに向かって同意を求める。
「みんなを捜していたらリリーのトランクを見つけたんだ。それで席取りも兼ねてココに座って待ってたってわけ」
「そうなんだ。ところでピーターは?一緒じゃないの?」
自分の荷物をコンパートメントの中に運び入れながらリーマスが二人に尋ねる。
後ろではリリーが「わたしはと一緒に座る為にここの席を取ったのに」とぶつぶつ言っている。
あージェームズまたに負けてるよ、とリーマスは思ったり。
「ちょっと捜してみたんだけどね。こんなに人が多いんじゃ見つからないよ」
と肩を竦めてジェームズ。
「どうせ向こうで会えるんだしいいんじゃねーの?」
と面倒くさそうに欠伸をしながらシリウス。
「じゃあは見なかった?」
ここにずっと居たのなら見ているわけもないのだが一応訊いてみる。
案の定、二人は首を横に振る。
来てないの?」
「何やってんだあいつは」
ジェームズが心配そうにリリーに目を向け、シリウスが頭を掻いて立ち上がる。
「捜しに行くぞ。またどっかに落ちてたら大変だからな」
シリウスのその言葉にその場の全員が頷き、外に出ようとした時だ。
コンパートメントの扉ががらりと音を立てて開き、長身の淡い髪の色をした少年が現れた。
「キョウ!」
現れた少年の名を呼び、リリーがさっとその背に視線を向ける。
そこには長く艶やかな黒髪の小さな頭があった。
「お届けモノやでー、なんてな」
おどけた様子でからりと笑ってみせる彼が背負うのはまさに今、捜しに行こうとしていた少女で。
リリーがその名を呼びながらキョウがを下ろすのを手伝う。
「いつから寝てるの?随分ぐっすりだね」
あどけない寝顔を眺めながらリーマスが保護者に問いかける。
「地下鉄乗った辺りで完璧に意識が途切れたわ。ここんとこ無理して起きとったからしゃあないわな」
椅子に座らせたの前髪をかき上げながら優しく焦げ茶色の瞳を緩ませる。
そんな二人を微笑ましく見ていたジェームズが、彼の捲り上げられた袖から伸びた腕にかすかに裂傷があるのに気付いて「どうしたのその腕」と問いかける。
言われてキョウは自らの腕を見下ろし、一瞬僅かに顔を歪ませる。
「あーこれなぁ」
少し考え込むようなそぶりを見せるキョウを、頭の後ろで手を組んだシリウスがにやにやと笑いながら茶化す。
「なんだよ、女にでもやられたか?」
「キョウに限ってそんなことあるわけないじゃない!あなたとは違うのよ、シリウス」
本人が否定する前にリリーが眉を吊り上げて怒る。
そんな彼女に苦笑を浮かべつつ、キョウは答える。
「猫や。ほれ、蓮さんとこにおったやろ?たまって名前の白い猫。あいつにやられたんや」
「え?」
その言葉を耳にするなり、ジェームズは聞き返していた。
彼の反応にシリウスやリーマスは軽く驚く。
もっと驚いていたのはジェームズ自身であったのだが。
「『え?』ってなんや。俺が猫にひっかかれんのがそないに珍しいんか?」
眉尻を下げて困ったように笑うキョウに、慌てて両手を身体の前で振る。
「え、いやそうじゃなくって。本当に猫にやられたのかなって」
「なんや機嫌の悪いときに怒らせてしもうてな。にはいっぺんも爪向けたことなんてあらへんけど俺はたまーにやられんねん」
傷口を袖を引っ張って隠しながら情けないわーと笑ってみせるキョウをシリウスが「ミセスには大モテなのに猫には不人気なんだな」とからかう。
しばらく軽口を言い合う親友達をぼうと眺めながら、ジェームズは自分の記憶の一部にまるでもやがかかったように鮮明には思い出せない部分があることを感じていた。
だが何故そうなったのか、どうしても思い出せない。
そんなことを考えてる内にキョウがその場に立ち上がる。
「さてと、ほんなら俺はもう行くわ。も送り届けたし、今頃愛しのセブが俺を捜して泣いてるかもしれへんからなぁ」
最後にの頭をもう一度軽く撫でてからキョウはその場を後にした。
「スネイプに会ったらからの手紙ぶんどっといてくれよ」
コンパートメントの扉を閉めようとするキョウに向かってシリウスがむっとした顔で伝えるが、 「そないなことかよわいキョウ君にはできひんわぁ〜」と明るく笑いながら後ろ手に手を振ってその場を後にした。
そのままキョウは数歩歩き、コンパートメントの中から笑い声が聞こえるとほっとして息をつく。
列車の壁に背を預けながら、今は遠い地にいる師を思い出す。
「蓮さん、ちょっと封印が不完全みたいやわ。焦ってしもたやないの」
ずるずるとその場にしゃがみ込んで右手に顔を埋める。
指の間から漏れた声は贖罪の響きを伴っていた。
「ごめんなぁ。でも俺にとってはあの子の方が大事やねん」
それが誰に向けての言葉なのか。
その場に知る者は本人以外には誰もおらず、ただ列車がうるさく車輪を軋ませる音がするのみだった。




  


完成日
2005/07/23