変な奴だと。
そう思っていた。
いつもふらふらしているし。
リリーとかいうジェームズが追い掛け回している女が四六時中あれやこれやと世話を焼いているし。
ひとりじゃ何も出来ないのかよ、と嘲笑っていた。
最初は。
彼と彼女の恋愛事情3
一日の授業を終え、ようやくやってきた自由時間。
放課後寮の自室へいつものメンバーと戻ってきていたシリウスだったが、鞄の中を探ってペンケースがないことに気付いた。
別になくなってもなんら支障はないものだったが、やはりあった方がいいわけで。
夕食の時間までそう時間は残ってなかったが、取りに戻るぐらいはできるだろう、と思いベッドの上から飛び降りた。
「忘れ物?」
背後から問いかけるリーマスの声に軽く振り向いて。
「多分西塔の五階だと思う。夕飯は直接広間に行くから先行っといてくれ」
「分かった、気をつけてねー」
暢気に手を振るジェームズに苦笑して部屋の外に出た。
階段を昇ったり降りたり。
気紛れに道を変える移動式の階段に文句を言ったりしながらようやく着いた教室は、西日がきつく入り込んでいてオレンジ色の世界を作り上げていた。
別世界のように全ての色彩がセピア色に染まっているのをドアを開けてしばらく眺めていたが、呆けている場合ではないことに気付き足を踏み出す。
狭い机の隙間を歩きながら後ろから五番目、一時間ほど前に座っていた席まで辿り着くと、机の中に手を入れ捜し求めていたペンケースを手に取る。
自分の手に戻った瞬間何故だか安心してほっと息をついた。
「用は済んだし飯食いにいくか」
その場に誰もいないのに口から出た言葉に一瞬自分で動きを止めてしまったシリウス。
気を取り直して軽く咳払いし、カッコわる…と小さく呟いて教室から出ようとする。
が、誰もいないはずの教室にかすかに響く寝息に彼は整った顔を盛大にしかめてみせた。
「誰かいるのか?」
ぐるり、と四角い部屋の中を見回してみる。
オレンジ色の世界には人の影はない。
首を傾げながら教壇の方へ向かって歩き出す。
耳に届く寝息が段々はっきりと聞こえるようになってきた。
そうして見つけた眠り姫は。
「おい、何だってこんなとこに挟まって寝てるんだ」
前から三番目の窓際の席、その椅子と窓の真下の壁と、前後の机に挟まれた狭い空間にかなり無理な体勢で納まっていて。
それでもすぅすぅと心地良さ気に寝息をたてて眠っていた。
「見たことある奴だな。誰だっけ」
上から見下ろしながらシリウスは考える。
顔を見れば思い出すかと思ったが、生憎長い黒髪が邪魔をして表情は伺えない。
制服がスカートだから女だと、それだけは分かった。
「確か今日もどっかで見たぞ」
ペンケースを置いて椅子をどかし、少女の前にしゃがんで不躾だが手を伸ばして髪を勝手に耳にかける。
そうして現れた顔を見て、ようやく目の前の少女の名前を思い出した。
「あーとかいったな。多分。ジェームズが追っかけてる女の隣にいっつもいるヤツだ」
親友が異常なほど執着する赤毛の美少女の傍らにいつもふらふらしながら立っている異国の少女。
「初めて近くで顔見たけど、けっこう可愛いじゃん」
閉じたままの瞳の色は分からなかったが、その縁を飾る睫毛は長く、陶器のように白い肌はイギリスの人間とは違った質の肌で。
長い黒髪にはたった今触れたがさらさらとしてさわり心地が良かった。
「なんだろ、日本人形とか言ったっけ?爺さんのコレクションにあったよな、こういう感じの人形」
触れたばかりの髪を再び指に絡ませて遊びながらシリウスは独り言を続ける。
この場に返事を返せそうな唯一の存在の少女が未だ夢の中なのだから、彼が呟いた言葉は全てただの独白になってしまう。
くるくると毛先を指で巻いてみたりしている内にシリウスは段々飽きていた。
いくらなんでも勝手に髪の毛をいじられていたらその内に起きるだろうと、そう考えて彼女に触れていたのだが。
目の前の少女は一向に目を覚ます気配がない。
こんなところで熟睡できる神経にいっそ天晴れとでも言ってやりたかったが、
腕にはめた時計で時刻を確認して夕食の時間になっていることに気付くと「やっべー」とその場に立ち上がった。
「遅れたらリーマスがうるさい!」
笑顔のまま小言を言う親友を思い浮かべて慌ててその場を後にしようとするが、振り返って眉をしかめて逡巡する。
このままここに放っておいたら朝まで寝ていそうだ、と。
そう判断したからこそ、彼はもう一度その場に膝を折って今度はの肩を掴んで揺さぶる。
「おい、起きろって。夕飯の時間だぞ、食いっぱぐれるぞ」
しかし返ってくるのは相変わらず静かな寝息のみで。
気の短いシリウスはムッとして今度は先程よりも強く肩を揺らす。
「起きろって!おい!」
「………ぅにゃ」
シリウスの努力も空しく、は言葉として判別できない寝言を発しただけでぐっすり眠りこけている。
「あーもう!しょーがねーなー!!」
頭をがりがり掻いて、彼はペンケースを無理やり制服のポケットに押し込むと、くるりとその場に反転して腰を落とす。
そのまま背後にある少女の体を背に乗せて、手が使えないので足でドアを蹴飛ばして教室を出た。
実は意外と面倒見がいいシリウス。
昔はこうやって弟も運んだっけなーと懐かしいことをぼんやり考えながら歩いた。
すれ違うゴーストや絵の中の貴婦人達にくすくすと笑われるのだけは勘弁して欲しかった。
「まぁ!!あなた一体今までどこにいたの!?」
大広間に着くなり出迎えたのはリリーだった。
シリウスの背後にある少女を見て驚いたようにアーモンド形の大きな緑色の瞳を見開く。
「西塔の五階の教室で眠りこけてたぞ」
背から少女を下ろしながらシリウスが仏頂面で言う。
「ごめんなさい。いつもは一緒にいるんだけど今日はちょっと先生に呼ばれていたから。一人で帰れるって言っていたんだけど……!起きなさいっ夕食の時間よ」
「んー………」
リリーの声でようやくお目覚めらしい。
はゆっくりと首をもたげ、眠たげな目をこすりながらふわぁ、と小さく欠伸をする。
「おはよー、リリー…」
「はいはい。さっさと起きてちょうだい」
まるで子ども扱いだ。
顔は可愛いが中身がこれじゃあな、とシリウスは呆れてため息をつき、グリフィンドールの席にジェームズ達の姿を捜す。
遠くからこちらに気付いて手をふる彼らを見つけて「じゃあな」と立ち去ろうとしたが、くい、と袖をつかまれて振り返る。
「ありがとー」
ほんわりと微笑んだがそう言ってちょこんと頭を下げた。
それが彼女を運んだ自分に対してのものだと気付いたシリウスは「別に、いいよ。おまえ何かほっとけない感じだし」とぶっきらぼうに言ってその場を後にした。
背後で「ちゃんとお礼が言えるなんて偉いわ!」と感激したような声がした。
夕食を終えて寮に戻り、談話室でゲームをしながらもシリウスはさっき言われた「ありがとう」とやけに心で反芻していた。
それは就寝時間になって自室に引き上げ、寝巻きに着替えて清潔なベッドに潜り込んでもまだ頭の中でリピートされ続けていた。
何でだ?
不思議に思いつつも脳裏に浮かぶのは数時間前に見た彼女の緩そうな笑い顔。
いつまでもそれが頭を支配して中々眠りにつけなかったが、それでも時計が真夜中を過ぎる頃には彼も夢の中だった。
夢の中でシリウスは誰かと笑っていた。
本当に、腹の底から気持ちよく会心の笑みを浮かべていた。
相手は誰だ?と確認する前に長い黒髪が目の前を踊った。
なんとなくかな、と思った。
彼女だけではなく、周囲に六人の人影もあった。
中には気に入らない奴もいた気がするが、その中にあってシリウスは確かに幸せだった。
そんな、夢を見た。
朝、目覚めたら幸せな夢は断片しか残っていなかった。
だけどそれでも自覚をするには十分だった。
「何だ。俺が好きなんだ」
口にすればしっくりきた。
多分これを恋だというのだ、と何となく思った。
認識したらなんだか嬉しくなった。
「変なの。今度はシリウスが笑ってる」
頬杖をつきながらジェームズが眼鏡の奥から珍しい親友の姿を見やる。
いつもの皮肉っぽい笑い方ではなく、今のシリウスは穏やかに目を細めて笑っていた。
「どうしたのさ、一体」
問うプロングズにパッドフットは一度、ムーニーに目配せをした。
「いいや別に?ただ恋って偉大だよなーと思っただけ」
何それ、と目をぱちくりさせるジェームズを放っておいて、シリウスは隣にいるリーマスとくすり、と笑みを共有した。
に伴われてリリーが降りてきて、ごめんなさい、と謝るジェームズとそっぽを向きながらも彼を許すリリーを見ながら。
正確にはそんな二人の仲直りを心底嬉しそうに見ているを見ながら。
彼女に恋する二人はため息を吐く。
自分の恋心を自覚したのはいいものの、肝心のがその筋にとにかく疎い。
じれったいほどに進展しない関係だったが当人達にとっては別に居心地の悪いものでもなかった。
くすぐったいような不思議な感覚を持て余しながら過ごす毎日がこんなにも楽しいのなら。
今だけはもう少し、このままでいたかった。
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完成日
2005/08/06