がその場に現れる数分前からキョウはその場にいた。
彼に課せられた使命を果たすために。
くすくすと笑う耳障りな声にも眉を顰めるだけで留めた。
「好きにしたらいいよ」
紅い瞳の少年が至極楽しそうに影に立つ人物へ話しかける。
「どうせ終わりが判っているんだもの。次の夏が来るまでの後半年、最期の別れを惜しむがいいさ」
「まだ、分からんやろ」
耐え切れずに噛みしめた奥歯の間から唸るように搾り出した声にさえ、リドルは嗤う。
繊細な指先で宙に文字を書きながら。
「いいや、もう定まった。彼女があの森に鍵を向かわせた時点で未来は確定したよ。僕の勝ちだ」
destiny、と書き綴られた単語は頼りなく浮かんでいたが、リドルはそれを引き寄せ、右手で握りつぶす。
「全部、僕のモノだ」
短く、強く言い放った言葉に反論する術が見つからない。
黙ったまま立つキョウを憐れむように一度だけ振り返り、微笑むと、形の良い唇が音を伴わずに動いた。
動きを目で追って、意味を解した亜麻色の髪の少年の顔が悔しさに歪むのをリドルは背で感じる。
そうして近づく足音に、嗤った。
「ポッター!何をしているのです!?」
マクゴナガル先生の鋭い声に、まさにたった今大階段に魔法をかけようと杖を取り出していたジェームズは肩を竦めた。
つかつかと歩み寄ってきたマクゴナガル先生は、いつもより綺麗に着飾っている。
胸には生花のコサージュをつけて、帽子にも花が。
そして腕には抱えきれないほどの花束を。
「まったく貴方は今日でこのホグワーツを卒業するというのに最後の最後まで私の手を焼かせるつもりですかっ」
そう、今日は卒業式。
七年もの間ホグワーツで学び、育った魔法使いの卵達は新しい門出に立たされていた。
卒業生から受け取った色とりどりの花束を抱えなおしながら、マクゴナガル先生は視界の隅でこっそりと逃げ出そうとするもう一人の人物を目ざとく見つける。
「あなたもですブラック!」
「先生、僕は何も悪いことをしていませんよ」
全く悪びれもせずにジェームズが言うと、マクゴナガル先生の片眉がぴくりと上がる。
「ただ後輩達に強く生きてもらおうと、ちょっとした仕掛けを施そうとしただけですよ」
「卒業記念ってことで」
先程まで同級生や後輩の女子に散々揉まれていたシリウスはちょっとだけくたびれている。
そんな彼が首筋に口紅の痕を残しながらぼそりと呟き、さらに恩師の怒りを煽った。
「こちらへいらっしゃい!ええ、二人ともです!貴方達にはここを卒業するまでにまだまだ教えなければならないことがあるようです!!」
「えぇ?でも僕たち今から友人達と記念写真を撮る約束が」
さすがに卒業式の日にまで説教を食らいたくないジェームズは必死に側にいたリーマスやリリーに視線を送るが、彼らは自業自得だと言わんばかりに呆れた顔をしている。
「まだ時間はありますからどうぞ連れていってください」
「リーマスてめぇ裏切り者!」
「うるさいわよシリウス。今日で最後なんだからとことん怒られてらっしゃい」
を後ろから抱き込んだリリーがつん、と顔を背けて言ったことで二人の運命は決まった。
入学当時から何度目にしたか分からない、マクゴナガル先生に引かれて行く二人の光景をのほほんと眺めながらは「いってらっしゃーい」と手を振る。
「もう卒業なのよね」
二人の姿が視界から消えてすぐにリリーが感慨深げにそう言い、学び舎を見回す。
「色々あったけど楽しかったよ」
いつもよりほんの少しおしゃれしたピーターが卒業証書の入った筒をせわしなく持ち変える。
その隣にいたリーマスは後輩の女の子に呼ばれて「ちょっとごめん」と席を外した。
「あらあら、シリウスもすごかったけれどリーマスも中々ね」
「二人とも卒業までガールフレンド作らなかったからね」
「リーマスはずっと一人だけれど、シリウスはいつからだったかしら。私がジェームズと付き合う少し前のことだから……二年くらい前からかしら」
「うーん、そうかな?それぐらいかも。でも正直びっくりしたよ。リーマスは何となくわかるけど、あのシリウスがこんなに長い間片思いしてるっていうのが信じられない」
ぷっくりした顔で小さな目をぱちぱちさせながらピーターが言うのにリリーが同意する。
腕の中の少女を見下ろしながら「報われないわねー」と呆れた声を出す。
「そう思うんなら協力してあげたら良かったのに」
「どっちに?」
「えーっと……」
「どっちも嫌よ。あたしはに悪い虫がつかないようにこの青春の日々を捧げてきたんだから」
ぎゅーっと黒髪の少女を強く抱きしめると、またもや半分眠りながら立っていたは何だか判らないがとりあえず可愛がられて「きゃー」と喜ぶ。
そんな彼女に頬ずりしながらリリーは感激する。
「ああ!もう、何て可愛いのかしら!こんな可愛いがどこかその辺の馬の骨に独り占めされるだなんて信じられないし許せないわ!」
「リリーがいる限りはずっと独り身だね」
そんな二人を見て、ピーターがちょっと引き攣りながらも苦笑した。
「お、見つけた見つけた」
亜麻色の人懐こい表情の少年と、その後ろにいるいつも不機嫌そうな少年の二人組みがを見つけて寄ってきた。
セブルスが苦手なピーターはついさっき引き攣った顔をさらに引き攣らせる。
一方セブルスは大人しくキョウの後についてきていたが、その場に自分の天敵であるジェームズとシリウスの二人がいないことを確認すると「ふん」と鼻を鳴らした。
「卒業おめでとさん。ピーターも無事に巣立ちの時を迎えられてほんまに良かったなぁ」
「ひ、酷いよキョウ!僕だってそれほど成績悪いわけじゃないんだからね!」
ピーターはわしわしと髪を掻き混ぜてくる日本の少年に抗議する。
「むしろ素行に大問題のあったあの忌々しい二人をこそ卒業させるべきではなかったのだ」
呪詛でも吐きそうな勢いでセブルスがぼそりと呟き、それで気付いたキョウが辺りを見回しながら問う。
「そういやジェームズとシリウスはどないしたん?」
「マクゴナガル先生にお呼び出しを受けていらっしゃるのよ。偉大な学年首席様とその親友殿は」
澄ました顔でリリーが答える。
「リーマスは?」
「後輩の女の子に告白されにいったわ」
「あらま。ようモテはるんやなぁ」
「キョウだってモテるんでしょ?」
「モテへんよー?まぁちょこちょこはあるけどな」
彼の返答にリリーとピーターは目を丸くして驚く。
てっきり告白され放題で引っ張りだこになっているものとばかり思っていたからだ。
「こいつは同級生や後輩にはあまり好かれんぞ。去年までの方が凄まじかったな」
「キョウはねー守備範囲が年上のお姉様方なんだってー」
「うーん、同級生や後輩にはただのええ人で終わるんが多いなー」
セブルスが言い、が笑顔で続け、キョウ本人が真顔で肯定する。
その様子を呆気に取られて眺めているうちにリーマスが戻ってきた。
「あれ、キョウにセブルス。どうしたの?」
「随分な挨拶やなぁ。卒業おめでとう、ぐらい言えへんのか」
「ああ。そっか、おめでとう二人とも」
「おおきに」
「写真撮ろうよ。卒業記念にさ」
「ジェームズとシリウスは?」
ピーターが聞くとリーマスは適当に「もうすぐ帰ってくるんじゃないの?」と答えた。
「あーこってりしぼられた。向こう十年分ぐらいのお説教だったかも」
出発直前のホグワーツ特急の中、ジェームズがやれやれと言いながらもどこか清々しい表情で肩をぐるぐる回す。
シリウスはしかめっ面で「俺は最後までオマエの巻き添え食らいっぱなしだ」と文句を言った。
荷物を整理していたリーマスがいつもより人数が少ないことに気付いてふと顔を上げる。
「ねぇリリー、は?」
訊かれた赤毛の少女は窓の外を見下ろしながら問いかけに答えた。
「今回は列車には乗らないんですって。蓮さんが直接迎えに来るそうよ」
「そうなのか?」
どこか残念そうにシリウスが呟く。
そんな彼に構わずに、リリーはホームを見回して、黒髪の少女と亜麻色の髪の少年の二人組みを見つけると身を乗り出して大きく手を振った。
「こっちよ!!!キョウ!」
列車が吐き出す蒸気の音に混じってぱたぱたと軽い足音がして、ひょこんと窓の下に見知った少女の顔が覗いた。
「一緒には帰れないんだって?」
リリーの後ろに立って、窓枠に手をかけたジェームズが訊くとはこっくりと頷き、キョウが苦笑して説明する。
「蓮さんの店な、ちょっと扉を別の場所に開いとるから今はホグズミードから行かれへんねん。そやからホグワーツの暖炉から煙突飛行で帰るんや」
「びゅーって飛ぶの」
「残念だなー新作の悪戯を披露しようと思ってたのに」
「あはは。また今度なー」
心底残念がるジェームズにキョウが明るく笑う。
汽笛が数回、高く鳴って出発が近いことを告げた。
「写真出来たら送るよ」
リーマスがカメラを指差しながら言い、シリウスはに「今度はこっちに遊びに来いよ」と誘いをかけている。
一通り別れの挨拶が済むと、今度はけたたましくベルが鳴り、列車が少しずつだが動き始めた。
「またね」
「元気でね」
リリーやリーマスがホームに立つ二人に繰り返しそう告げる。
再会を約束する友の隣でジェームズは視線を感じての方を向いた。
すると大きな漆黒の瞳をわずかに潤ませた彼女は、小さな唇でジェームズに向けてこう言った。
「 」
「え?」
ジェームズが聞き返そうとする間もなく、列車はスピードを上げてホームは遠ざかってしまった。
列車がホームを出発して緑の濃い草原を走り出してもまだ窓の外を呆然と眺めている彼に、親友達は不思議そうな目を向けるが、
卒業式だし、ということで何かの感慨にでも耽っているのだろうとそっとしておくことにした。
ジェームズは一人、黒髪の少女が伝えた言葉の意味を考え続けたが、答えは出なかった。
過ぎ去った列車の影をいつまでも見送る少女の肩にそっと手を置いたのは蓮だった。
黒い地に百合の花を大きく咲かせた着物を纏い、銀髪を結い上げて手には日傘を持っている。
「お師様……わたし」
俯いて、涙で掠れた声で懸命にその場に立とうとする少女に蓮は薄く微笑む。
「帰りましょう、。アナタの家へ」
優しく言って、背後のキョウを呼び寄せる。
やりきれない表情の弟子を見て、時守の魔女は哀しげに眉を寄せる。
それでも彼女の言うことはただ一つだった。
「帰りましょう。アナタ達の故郷へ」
夏の日差しがきつく照りつける中、三人分の影が濃く短く、その場に伸びていた。
そして扉は開かれた
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完成日
2005/08/20