言葉と言葉の応酬。
口を閉じたら負けだろうか。
侵攻→親交
週末のホグズミードはホグワーツの生徒達で賑わう。
イギリスで唯一の完全に魔法使いだけで構成されたこの村は、いつもと変わらず大勢の人々で溢れていた。
例え今が戦争中であったとしても、だ。
そもそも戦争を行っているのはマグル、つまり魔法の使えない人間同士であり、魔法界としてはその争いに介入する気は全くないらしい。
むしろ以前より他国の魔法使い達との結びつきを強めている。
が日本からの留学生であっても、周囲の反応が全く変わらないのはそのおかげだ。
色とりどりのリボンやきらきらした飾りのついたピン留め、宝石とも呼べぬほど小さな石をあしらったネックレスやブレスレット。
ホグズミードの大通り沿いに建つ小さな雑貨店は、それらを買い求める女の子達でいっぱいだった。
その中にあって黒髪とプラチナブロンドの髪を持つ二人の少年の存在は異質だった。
少女達の高く響く笑い声や、時折寄越される意味ありげな視線と囁き声にリドルはうんざりして少しだけ眉を寄せる。
「愛想よくしといた方がいいんじゃないですか」
自分は向けられる熱の篭った視線に貼り付けたような笑顔で表面上はにこやかに手を振り返しながらアレンが傍らに立つリドルにだけ聞こえるように呟く。
もっとも、店内は少女達のざわめきで大量の鈴を転がしたように大きな音で満たされているのだからそんな配慮は全くいらなかったりするのだが。
「何で僕がそんなことをしなくちゃいけないのさ」
むっとした様子で自身より頭半分ほど背の高いアレンのブルーグレイの瞳を見上げる。
しかしアレンはその強い紅の視線を真っ向から受け止めて、にこりと微笑んで見せた。
たまたま目撃してしまった女子達から軽く悲鳴が上がる。
「人脈は地道に築いていくものですよ。貴方には必要でしょう?」
「………」
アレンの言葉にリドルの眼光が鋭くなる。
細められた暗く輝く紅玉がプラチナブロンドの髪を持つ少年を睨みつける。
「何を知っている」
短く、簡潔に問われたアレンは二、三度瞬いて育ちのいい微笑をリドルに向けた。
「分かりますよ、なんとなくですけどね。あれだけ人の中心に居るにも関わらず貴方が周りに壁を作っていることとか、全てにおいて思い切りの良さを発するのに本当に大切なモノには意外なほど臆病で慎重になってしまうこととかね」
瞠目するリドルを気にせずに彼は淡々と続ける。
「己の事はほとんど顧みない貴方がのことに関しては驚くほど気にかけている。大切にしているというのは分かりますよ。だけど貴方はもっと、本質では貪欲に彼女を求め続けている」
一度言葉を切って、アレンは小物が所狭しと並べられた棚の奥に自分の幼馴染と共にいるに目を向ける。
手に数種類の小瓶を持ち、隣にいるユーディールに何事かを言い、笑う彼女を見て一瞬だけ目元を緩ませるリドルを横目に続きを口にする。
「貴方は彼女の何もかもを己の手中におさめてしまいたいと思っている。それはともすれば彼女を傷つけることさえ躊躇わない、それほどまでに強い衝動。今はそれを辛うじて理性で抑えている、といったところでしょうかね」
「……へぇ」
アレンの推測を聞き終えたリドルの口端に冷えた笑みが浮かび上がる。
今まで必死になってひたすら隠し続けてきたものをいともあっさりと踏破してみせた目の前の整った顔立ちの少年をどうするべきか、ゆっくりと考えるように目を細める。
店内は相変わらず騒がしかったが、二人の立っているごく僅かな空間だけがまるで切り取られたように痛いほどの緊張感を伴っていた。
紅い瞳に獲物を狩る猛禽類の鋭さを宿すリドルのすぐ隣にいてもアレンの表情は変わらない。
「付け加えれば貴方は彼女にそれだけは知られたくないと思っている」
淡々と紡がれる言葉の意味をひとつ、ひとつ解していくのは酷くたやすい。
だが自己の内側を覗き込まれているようで不愉快だ。
リドルは自分が周囲に思われているほど心の広い人間ではないことを承知している。
腕を組み、棚と棚の間の僅かなスペースで壁にもたれながら悠然と構える。
「アレン、覚えておくといいよ。昔からお喋りな奴は長生きしないって言うだろう?」
向ける視線は凍りつくほどに冷えた其れを、しかし口から発せられる音には茶化した雰囲気を混ぜ合わせて忠告ともとれる返事を返す。
リドルに射すくめられても全く動じた様子のない少年は、それでも小さく息をついた後に薄いレンズの向こう側にある灰色がかった青の瞳をゆっくりと伏せる。
「肝に命じておきますよ」
軽く肩を竦めて彼はそう言い、コートのポケットに手を突っ込んでその場に立つ。
しばらく二人は無言だった。
元々仲が良かった訳でもない。
たまたまそれぞれの恋人が親友同士で、たまたま一緒に週末を過ごしているだけに過ぎない。
表面上の人付き合い以上を好んで行わないリドルにとって、仲の良い同性の友人など必要なく、当然アレンとも顔を合わせれば二、三会話をするぐらいの付き合いでしかなかった。
「聞いてもいいですかね」
おもむろに眼鏡を取り、袖でレンズの汚れを拭き取りながらアレンが口を開く。
退屈そうに店内に視線をやっていたリドルは緩慢な動作で視線を隣に移す。
リドルの無言を肯定と受け取ったのか、プラチナブロンドの髪を店の分厚い窓ガラスで更に鈍った冬空の弱い光に反射させながら静かに問いかける。
「貴方は一体何をするつもりなんですか」
抽象的な質問だった。
だがアレンの頭脳は聡明なことで知られているし、実際彼の鋭い観察眼は先程思い知らされている。
対するリドルも曲がりなりにもホグワーツの主席である。
質問の意図するところを瞬時に悟って、そうして改めて隣に立つ同じ寮の少年を見る。
光の加減で青にも灰色にも見える双眸が真っ直ぐに自分の紅の瞳を見ている。
ぶつかる視線に怯みもせずにただ静かに立っている。
「君は確かウィスタリア家の跡取りだったっけ」
ふいに思い出して呟いてみれば、アレンは突然持ち出された自分の家名に訝しげながらも頷いた。
「ふーん、純血の中でも古い方に入るのか。そうだね、教えてあげてもいいよ。君になら」
毒のある麗しい花のように微笑んで、リドルはその紅い眸を楽しそうに細める。
其れを見て僅かに戦慄の走ったアレンは無意識に半歩その場に後ずさる。
その様子に益々満足そうに笑みを深くしながらリドルは先程アレンが遠ざかった分を詰めるように、一歩、踏み出す。
「教えてあげようか?但し君が未来永劫僕に従うと誓うならね」
いっそ傲慢なほどの物言いに、それでも逆らえない何かを感じさせるのは。
天が与えた才なのだろう。
しかしアレン・ウィスタリアも中々にしぶとかった。
彼は手にしていた眼鏡を所定の位置に戻すと、爽やかに微笑んだ。
「それは無理です。俺の未来はもうユーディールにあげてしまいましたから」
彼の視線の先に彼が想う少女と共に自分の恋い慕う少女も見つけ、リドルも毒気を抜かれたように軽く息をつく。
「言ってて恥ずかしくないのか」
こめかみを押さえながら言うリドルに構わずにアレンは笑う。
「貴方だって言うでしょう、彼女と一緒の時には」
「言うよ。だけど男相手に言っても気持ち悪いだけじゃないか」
「それもそうですね。でも言葉にしないと不安な時ってあるじゃないですか」
ちらりと見上げるとブルーグレイの瞳は薄いレンズ越しに相変わらず柔らかな光を宿していた。
「例えば俺は結婚するときに教会で居もしない神に愛を誓うという行為をしなくても彼女をずっと愛していく自信はありますよ。だけど時々、ほんの少しだけ不安定になったりするんですよ」
「永遠なんて不確かなものを神にどうにかしてもらおうとするからだよ」
くだらない、と吐き出すように言ったリドルにアレンは少し笑った。
「そうですかね。俺は永遠なんて曖昧なものはどうでもいいですけど、信じてみる価値はあると思いますよ」
「そんなもの、弱者の世迷いごとだね。僕は自分の力で未来を確実なものにする」
躊躇うことなく口にした、その潔さ。
その無垢な意志に何処か不安を覚えずにはいられない。
「力を欲するのは悪いことじゃないと思いますけどね。周りが見えなくなるのはよくないですよ」
「またそういう分かりにくいことを」
もうここまで来たらこういう回りくどい言い回しが彼の趣味なのではないかと思うほどアレンは抽象的な言葉を選ぶ。
だが其れは確実に中核をついている。
今更リドルも咎める気にもならずに面倒くさそうに視線を外すと、ようやく買い物が終わったのか、
とユーディールがそれぞれ手に紙袋を抱えてにこにこ笑い合いながら人とすれ違うことすら難儀なほど混み合った店の奥からこちらへ向かってきていた。
意識をに向けているリドルへアレンは低く囁く。
「大事なものが何なのか、いつも頭に叩き込んどいた方がいいですよ。人を従えようとするなら尚更」
耳に残るその台詞にリドルが何か言おうと口を開くより前に、アレンはさっと前に出て二人の少女を出迎える。
背を向けるアレンにそれ以上の追及を諦めてリドルもの隣に歩み寄る。
並んで店を出て二人が何を買ったのか聞いてみると、ユーディールは巻き毛をゆらしてくすくすと笑った。
「とお揃いで髪留めを買ったのよ。色違いでね」
「仲がよろしいことで」
「そりゃあわたしとは親友だもの」
「そういえばリドルはアレンと何を話していたのですか?」
急に自分に話を向けられてリドルは面食らう。
「何って、別に」
「随分長い間真面目な顔して話してたわよね?いつの間にそんなに仲良くなったの?」
無邪気に問いかけるユーディールに慌てて「違う!」とリドルは叫ぶが、「え、俺達親友でしょう?」と、とぼけたように真面目くさってアレンが言うものだから益々焦る。
「いつそうなったんだ!?」
珍しく感情を露に怒り出す主席の姿をユーディールは目を丸くして見つめ、アレンは相変わらず澄ました顔で立っている。
「良かったではありませんか。友達の少ないリドルに親友などという立派なものができて」
激しく人を貶している感のあるの一言に、リドルは本気で頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなる衝動を必死に抑えたのだった。
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完成日
2005/03/25